■ トリトと脱出ゲーム

『トリト先生……私たちは無事に脱出できるのでしょうか?』

恐る恐る聞きたくない答えを聞くと、思いの外明るい表情のトリト先生は、私を安心させるように頷いた。

私とトリト先生は、ポケモン研究の同僚である。研究結果を悪用しようとする組織に捕縛され、後ろ手に腕を縛られた状態で目が覚めたのが数分前。
ボールを白衣の内側に隠し持っていた、私のポケモンの技を使って縄を解いて、脱出経路を探し始めたのがまさにたった今のことだ。

『トリト先生、私にも手伝えることは……』

私たちが拘束されて転がされていた部屋に、大量に設置してある配電盤に手を触れようとすると、トリト先生は鋭い声で「触らないでっ!」と私を制した。その勢いに驚いて私が固まっているのを見ると、先生はハッとしたように慌てて、私に向き直った。

「あ、あの、今のはその、えっと……どこにトラップが仕掛けてあるか分からないですから、ここはその、僕に任せてください……」

消え入りそうな声で言うトリト先生はいつもの頼りないトリト先生で、私は幻でも見ていたのだろうか?という気持ちにさせられる。
しかし、弁解を終えて再びいろいろな機材に向かうトリト先生の表情は真剣そのもので、その横顔に、こんな状況だというのにも関わらず胸が高鳴ってしまう自分がいた。

「……昔、こういうゲームをよくやったんです」
『ゲーム?』
「はい。その部屋の中にあるものを使って制限時間内に脱出するというものなのですが、それをふと思い出して、懐かしいなって……」

あ、不謹慎でしたね、とトリト先生は苦笑する。
しかし私は、こんな状況でも真剣に、かつゲーム感覚で、直面した問題を解決しようとしているトリト先生を、心底尊敬していた。

閉じ込められた部屋の廊下から、遠く足音が響く。それはだんだん、部屋に近づいてきていた。

トリト先生はふぅ、と息をつくと、自分に言い聞かせるかのように、「大丈夫ですよ、大丈夫」と呟いた。
その次の瞬間、部屋の中の小さなモニターに、『パスワード無効』という文字の羅列が浮かび上がる。

「……よし!これでこの部屋のセキュリティは無効化しました。ナマエさん、付いてきてください」
『は、はい!』

トリト先生が手を伸ばすと、いとも簡単に、通気口の扉が開く。脱出経路は、どうやらそこしかないようだった。

「まずは、奪われたポケモンたちを助けに行かなくては」

カラーモノクルの奥の、青い瞳がきん、と冷たく光る。あの温厚なトリト先生が、怒っている。その事実に、私の背中を冷や汗が伝った。それだけトリト先生には、ポケモンたちのことが大切だということなのだろう。

廊下を歩く足音は早まり、もう部屋の前へと迫っていた。

「……ナマエさん、さあ、行きましょう」

トリト先生の真剣な双眸に射抜かれて、声も出せなくなった私は、黙ったまま、差し出されたその手を取る。その指は、凍てつくように冷たかった。

狭く暗い通気口の中に身を滑り込ませると、振り向かずに進んで行くトリト先生の表情は、もう薄墨色に隠されて見えなかった。

闇に紛れて君を探しに

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