■ ミツルと憧れる人

シダケタウンの、ミツルが療養する予定だった家の隣に、ミツルよりもいくつか年下の少女、ナマエは住んでいた。

『ミツルお兄ちゃん、ラルトス見せてっ』

ナマエはミツルの袖をくいくい引くと、ミツルのモンスターボールを見ながら目を輝かせる。
ミツルと同じく体が弱く、療養のためにシダケタウンに来ているナマエは、ミツルとは違ってポケモンを連れていなかった。そのため、こうしてミツルにポケモンを見せてもらいにねだりにくることが多いのだ。
ミツルは自分を純粋に慕ってくれるナマエに心を許していて、ナマエの見たがるポケモンを捕まえるために、少し無理をしたこともあった。

「ナマエちゃん、ラルトスは今はキルリアっていうポケモンに進化したんだよ」
『ほんとっ?!お兄ちゃんすごーい!』

幼い歓声を上げるナマエの頭を、ミツルは優しく撫でる。
そして、モンスターボールに手をかけると、ボタンを押した。
光と共に現れたのは、ツインテールのような薄緑の頭の、可憐なポケモン。

「ほら、キルリア。久しぶりのナマエちゃんだよ、挨拶して」

キルリアはくるくると嬉しそうに回転すると、お上品にお辞儀をした。
ナマエはそれを見て、ぱちぱちと拍手する。

『ミツルお兄ちゃんは、次はどこへ行くの?』
「うーん……まだ決めていないんだけど、ジム巡りをしようかなぁって、思ってるんだ」
『そうなの?やっぱりミツルお兄ちゃんって、すごい人なんだね……!』

わたしと違って、と小さい声で付け加えられた言葉に、ミツルは聞こえないふりをした。
ミツルには、憧れの人がいた。いつでも自分より先を歩いていて、きらきらと眩しくて、自分がその人の影にしかなれないような気持ちになってしまって……そんな心境を知っているミツルだからこそ、ナマエにとって自分が憧れの人だという事実に、複雑な思いがあったのだ。

「……そういえば、ナマエちゃん、もうすぐ誕生日だったよね。何か、ほしいものって、あるかな?」

話を逸らそうとしてミツルが言うと、ナマエはふと表情を曇らせて、黙り込んだ。

「ナマエちゃん?」

『あのね、わたし、わたし……ミツルお兄ちゃんみたいに、最初のポケモンがほしいの』

■■■

ナマエとミツルは、シダケタウンの隣の117番道路に来ていた。ナマエの手には、ミツルに借りたキルリアのモンスターボールと、空のモンスターボール。

ナマエの家族は、事情を説明すると、「ミツルくんが一緒なら是非連れて行ってやってください」と、二つ返事で承諾してくれた。

ミツルは、自分が憧れの人にポケモンを捕まえるのを手伝ってもらった日を、自分にとっての全ての始まりの日を、思い出していた。

『み、ミツルお兄ちゃん、一人だとこわい……』

草むらに入るのを躊躇して足踏みするナマエの手を取ると、ミツルは優しく微笑んだ。

「大丈夫、一人じゃないよ。僕も見てるし、ほら、キルリアも一緒だよ」

『!……うん!』

ミツルはナマエの手を引いて、足元に気を配りながら草むらに誘導する。
ナマエはおっかなびっくりといった感じで、ゆっくりとミツルの後を追いかけた。

「!」

ふと、野生のポケモンの気配を感じ取ったのか、ナマエの手の中でキルリアのボールが揺れる。
その直後に、ふわりと甘い香りを漂わせて、ロゼリアが草むらから飛び出してきた。

『わっ、お花のポケモンさん……きれい!』

「油断しちゃだめだよ、キルリアをボールから出してあげて、ナマエちゃん」

歓声を上げてロゼリアに駆け寄ろうとするナマエを手で制して、ミツルはナマエの手の中のボールからキルリアを出させる。

(ロゼリアはどくタイプを持つポケモンだ。ナマエちゃんに何かあったら……いや、僕がちゃんと守るんだ)

次の瞬間、ロゼリアの体から、毒を含んだ針がキルリアを目掛けて飛び出してきた。

『きゃぁ……っ』
「かわして、キルリア!ねんりきだ!」

ぐにゃりとキルリアの前の空間が歪み、ロゼリアが頭を抱える。効果抜群の技を受けて、一撃でかなり弱っているらしい。

「ナマエちゃん、ボール、投げて!」
『う、うんっ!』

ナマエの非力な腕で投げられたボールはロゼリアには届かず、途中で落ちる。が、転がっていった先で、ロゼリアの足元に、何とか触れることができた。
赤い光に包まれて、ボールに閉じ込められるロゼリア。ぐらり、ぐらり、とボールが揺れる。

しばらくの沈黙の後、カチッ、と軽い音が鳴って、ボールの動きが止まった。

「おめでとう、ナマエちゃん!」
『……え、こ、これでつかまえられたの?えっ?!こ、このあとはどうするの?!』

ナマエは動かなくなったボールとミツルの顔を何度も見ながら、慌てふためく。

ミツルはそんなナマエを見て、昔の自分を思い出し、つい微笑ましくなってナマエの頭を撫でた。

「ボールの真ん中のボタンを、押してあげて。いつも僕がやってるみたいに、……うん、そう」

恐る恐るボールを拾い上げて見つめるナマエに、ミツルはロゼリアを出すための手順を説明する。

ナマエがボタンを押すと、光に包まれて、少し弱った状態のロゼリアがボールから出てきた。

『ど、どうしようミツルお兄ちゃん、わ、わたしのせいで、この子怪我しちゃって……』
「大丈夫だよ、これを使ってあげて」

ミツルは少し背をかがめてナマエと目線を合わせると、きずぐすりを手渡した。
ナマエはそれを受け取ると、半べそをかきながらロゼリアの元へ駆け寄って、必死に手当てをしている。そんなナマエを見て、ロゼリアは少し安心したように、ナマエに体を預けていた。

「その子が、ナマエちゃんのはじめてのポケモンになるんだよ。ずっとずっと、大切にしてあげてね」
『……!うんっ、ありがとう!』

手当てが終わって元気を取り戻したロゼリアを抱きしめると、ナマエは満面の笑みで頷いた。

『ミツルお兄ちゃん、すっごくかっこよかった!』

その言葉に、どうしてか、ミツルはかっと頬が熱くなるのを感じた。

■■■

『ミツルお兄ちゃん、今度はどこに行くの?』
「うーん、やっぱりポケモンを鍛えるにはバトルリゾートかなぁ……って、お兄ちゃん呼びはそろそろ卒業だよって、前に言ったよね?」

困った顔でミツルがたしなめると、反省しているのかいないのか、ナマエは『私もバトルリゾート行く!』と駄々を捏ね始めた。

ポケモンと一緒にいたら、どこまでだって行ける気がする。そう思ったのは、思わせてくれた人は、もう遥か遠くへと進んで行ってしまった。
しかし、ミツルはもう、憧れを抱いて生きるだけのポケモントレーナーでは、なくなっていた。

「……しょうがない、今回だけだからね?」
『やったー、ミツルお兄ちゃんとバトルリゾートだっ』

この会話も、何度繰り返されたか分からない。ミツルはどうしてか、ナマエに満面の笑みを向けられると、何回でも「今回だけ」を使ってしまうのだ。その理由には、ミツル自身も未だ気づいていない。

キルリアはエルレイドに、ロゼリアはロズレイドに、進化したそれぞれの相棒。
二匹と共に、ミツルとナマエは新しい旅へと向かうのであった。

恋愛未満

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