■ トリトと幸せな託児所

※パートナーのポケモンがすこしやきもち妬きな設定になっています。

『えっ……み、三日間で、海外の学会、ですか?!』

その話を聞いた時、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
ただでさえ研究発表会の時にもガチガチに上がっていた先生が、学会に?それも、海外に?

トリト先生の人柄をよく知っている私のパートナーのポケモンも、心配そうに白衣の裾を掴んで先生の顔を見上げている。

詳しい話を聞くと、どうやら学会にはロベルトさんも同伴するようだし、発表する論文の内容自体は大して難しいものではないらしい。

『そ、それにしても、大丈夫なんですか……?』
「いえ、あの……断りきれなくて……」

へなへなと頭の双葉をしおれさせていうトリト先生を見ていると、なんだかかわいそうな気持ちになってくる。

先生のことだからおそらく、人手不足か何かと言われて、断るのもしのびなくて引き受けてしまった……というパターンなのだろう。
私は思わず大きなため息をついてしまった。

『それでその、私に手伝ってほしいこと、というのは何なんです?』
「ああ、それなんですけど……」

寂しさを塩対応で誤魔化そうとしても、トリト先生には全く通じない。そういう鈍感なところが……好き、でもあるのだが、もう少しくらいは気づいてくれてもいいような気もする。

はい、と手渡されたのは、五つのモンスターボール。トリト先生がいつも大事に可愛がっている、あの子たちが入ったボールだ。

「急な海外では、時差や温度差で体調を崩してしまう子も少なくありませんから、念のため預かっておいてほしいのです。……あなたを置いて、信頼できる人は他にいません」

物理では測れないそのボールの重さに私が戸惑っていると、トリト先生はふにゃりと笑って言った。

「あの、大丈夫ですよ。みんな良い子たちですから。迷惑はかけないようにと、言い聞かせておきましたから……」

それは知ってる。いや、そうじゃないんだ。

ツッコミ損ねた言葉は、コイキングのようにぱくぱくと開かれた口から出てくることはせずに、結局私の肚の中に戻ることになった。

その日から、小さな小さな託児所が、私の家で開かれることになるのであった。

■■■

託児所一日目にして、もうすでに全くやることがない。

それどころか、食器洗いはヒトデマンが率先してしてくれるし、衣服はラッキーが卒なく畳んでくれるし、他の子たちは雑務をテキパキとこなしてくれるしで、一人暮らしだった時よりも、やることが極めて少ない。
これでは、どちらがお守りをしているのか分からないではないか。

何かしらの家事をやろうとすると既にもう片付いた状態であることに驚愕しながら、研究に明け暮れているトリト先生の生活能力の低さはこうやって培われたのかぁ、と納得もする。

特にラッキーの母性がすごく、気を緩めたらあのピンク色のふわふわに抱きついてしまいそうになる。

そんな私を見ていたポケモンは、私の袖を引っ張ると、少しだけしょんぼりとした表情を見せた。

『大丈夫、三日経てばトリト先生も帰ってくるから。そしたらまた、ポケモンと二人っきりで暮らせるよ』

私のその言葉を聞いたラフレシアは、何を思ったのか、肩にこてんと頭の花を乗せてくる。ふわりと舞った粉に、私は一つ、咳をした。

■■■

だめだ。
何がだめかと言うと、ポケモンの期限がどんどん悪くなっていくばかりなのだ。

『あ、あの、ポケモン……みんなと遊ぼ?ねっ?』

よく日の当たる庭の中、ヒトデマンの水を浴びて、ラランテスとラフレシアが上機嫌に跳ね回る。そんな光景を見たドーブルが尻尾の筆を握ってそわそわとしていたので、試しにスケッチブックを渡してみたら、あれよあれよという間にページが埋まっていく。

そんな彼らの中に混じろうともせずに、頑なに日陰から出てこないのが、私のパートナー……ポケモンだ。

「らき、らきっ」

ラッキーが心配そうに、ポケモンの側に寄り添う。その手を振りほどくようにして、ポケモンは家の方に向かって走り去ってしまった。

『ごめんね……あの子も、みんなのことが嫌いなわけじゃないと思うのよ』

ポケモンと私はずっと二人で暮らしてきた。あの子は、自分だけが愛されるという状況に慣れきってる。
でも、ううん、ここは厳しくしないとだめだよね。私にだって将来結婚するという夢はあるし、……相手は誰とは言わないけれど。
一人で完結した私は、頷くと、あえてポケモンの様子は見に行かないことにした。

遊び疲れて家に戻ってきたポケモンたちとポケモンにフードを用意すると、ポケモン以外のみんなは飛びつくように食べ始めた。ポケモンも、なんだかんだで大人しく食べ始めてくれた。

そうして二日目は、何とか幕を閉じたのだった。

■■■

「ただ今戻りました……って、ナマエさん?!」

水浸しの室内を見て、出張帰りのトリト先生が悲鳴のような声を上げる。
それもそうだろう。私も逆の立場だったら、そうなっていたに違いない。

「こ、これは一体何が……?」
『実は……』

今日あったことの説明を簡潔にすませると、こうだ。拗ねきったポケモンがラランテスにやつあたりのタックルをして、ラランテスがその勢いでドーブルにぶつかり、飛び散ったドーブルのインクがラフレシアにかかって、怒ったラフレシアのソーラービームに慌てたラッキーが取り落としたタマゴばくだんがヒトデマンの後頭部に炸裂し、驚いたヒトデマンが水でっぽうを部屋中に撒き散らしたのだ。
ピ●ゴラスイッチのような一連のコントの流れを聞いたトリト先生は、少しだけ怖い顔をして、ポケモンたちに向き直る。

「みんな。……ナマエさんには迷惑をかけないようにって、あれだけ言ったよね?」
『そんな……私のポケモンが拗ねてしまったのも、私の監督責任にあるんです、だから……』

しょんぼりと俯く私に、ドーブルが近づいてくる。ドーブルがおずおずと差し出してきたそれは、私が贈ったスケッチブックだった。
開いてみると、ページを送るごとに、楽しげなポケモンたちの遊びの様子が、大味なタッチで描かれている。

『……ん?』

最後のページで、ふと手が止まった。

私とポケモンが、笑顔で隣り合って座っている。
ただそれだけの、だけどそれ以上はないくらいに優しさの伝わってくる、絵だった。

「ドーブルは、これをあなたとポケモンにに贈りたいようです」
「ドーブッ!」
『ドーブル……ありがとうね』

水で濡れて少し皺の寄ったページを、優しく引き伸ばす。

ドーブルには、預かった他のポケモンたちには、私とポケモンが並んでいる姿はこんなにも優しげに映っていたのだろうか。

大味な絵が多い中、そのページだけは淡い色彩で描かれていて、木漏れ日のようにあたたかかった。

ポケモンが、申し訳なさそうにトリト先生の白衣の裾を引っ張る。そして、ドーブルをはじめとするポケモンたちに向き直ると、少しだけ頭を下げた。

『……私には、ポケモン、あなただけだからね。これからもずっと、変わらないよ』

その言葉にトリト先生、「それじゃあ仲直りのしるしにみんなでお片づけしましょうか」とふんわりと笑った。

明日は愛をあげたい

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