■ トリトとチャンピオンA

※トリト視点。設定は友人から拝借※

僕とナマエさんは、あれ以来全く進展がない。
僕の抱いているこの気持ち……これが“恋愛感情”であることを自覚して以来、研究以外での日常生活は全く何も手につかず、ラッキーにほとんどを任せているような状態が続いていた。

そんなある日の、研究所帰りのこと。

「よお、先生!ナマエとは最近上手くいってるのか?」
「えっ、ど、どうしてそれを……っ?!」

僕はあのフウラシティの危機以来親しくなった友人の一人……カガチさんに呼び止められた。
カガチさんがナマエさんのことを親しげに呼び捨てにしているのを聞いて、僕は少しだけ胸がもやっとするような感覚を覚えた。この感覚が何か、僕はもう知ってしまっていた。
そんな僕に対して、カガチさんは屈託のない笑みを向ける。

「お前のナマエへの態度見りゃすぐ分かるっての、なあウソッキー」
「ウッソー!」

ばしばしと僕の猫背な背中を叩いてくるカガチさんに、僕は我ながら情けない声で「痛いですよう……」と小声で文句を言うしかできなかった。
それにしても、僕のナマエさんへの気持ちがバレていただなんて、本人には到底恥ずかしくて言えない。僕よりも経験が豊富なカガチさんからすれば、僕の気持ちなんて簡単に見透かせてしまうのだろう。

「その様子じゃ進展してねえな……よし、これでもやるから二人で行ってこいよ!」
「え……ええっ?!」

カガチさんに手渡されたのは、プラネタリウムのペアチケット。プラネタリウムといえば、薄暗くて、カップルの巣窟で、距離が近い、あの、あのプラネタリウムのことだろうか?

「んじゃな、頑張れよ先生!」
「えええっむ、無理ですよお……!」

カガチさんは僕の背中をぐっと押すと、振り返らずに去って行ってしまった。そういえば、カガチさんはどうしてこんな券を持っていたのだろうか……?

その日の夜、僕は渋々メッセージアプリを開いた。書いては消し、書いては消しを繰り返して、ようやくまともな文章が出来上がってきた。送信先のアイコンは、可愛らしいキャラクターもの。
……ナマエさん。近頃は、彼女の名前を思い描くだけでも、胸が高鳴る。しかし、想いを伝えた後のナマエさんの困った表情がありありと想像できてしまう僕は、今日も項垂れてはこの感情に蓋をするのだ。

「……よし」

思い切って送信ボタンを押すと、僕はスマホを机に放り投げて、ベッドに体を投げ出す。その瞬間、スマホのバイブレーションが固い机に触れて、思いの外早い返信を知らせる。

「っ?!」

可愛らしいアイコンの彼女からの返事は、『行きます』。何とも予想外な、二つ返事だった。

■■■

「あ、ここ、お足元にお気をつけて……うあっ?!」

ナマエさんが暗闇で転ばないように細心の注意を払いながら先導していると、僕が先に段差に蹴躓いてしまった。

『だ、大丈夫ですか?トリトさん』

ナマエさんの手が、何とか転ばずに持ちこたえた僕の背に添えられて、心臓が跳ね上がる。以前の一件から少しだけ距離が縮まった関係に、僕は、勘違いしてしまいそうになる。上がった心拍数がその手から伝わりそうで、僕は何も言えなくなる。

『あの、どこか挫いたり……?』

その瞬間、開演前のブザーが鳴り響いた。
僕は助かった、という気持ちと、少しだけ寂しいような、複雑な気持ちで、ナマエさんの前に立つ。

「ぼ、僕は大丈夫、ですから。始まる前に行きましょう……!」

ぎくしゃくした動きで劇場に向かう僕を、ナマエさんは不思議そうな顔で見つめながらも、後を小走りに追いかけてきてくれた。

席に座ると、注意事項が360度のフルスクリーンに映し出される。隣を見ると、真面目なナマエさんは、その項目一つ一つをしっかりと読んで、スタホの電源がオフになっているかのチェックをしているようだった。そんな動作すら愛おしくて、直視できなくなった僕は前を向いた。

「は……始まるみたいですよ!」
『はい!』

心地良い眠りを誘いそうな音楽と共に流れ出す映像は、理系の僕としてはとても目を奪われるものばかりで、気づけば上映が終了していた。
上映後の退場口で、ナマエさんには少し分からないところが残っていたのか、どことなく腑に落ちなさそうな顔をして首を傾げている。

「どこか、難しいところがありましたか……?」
『あ、はい。少し……』

その後は、僕の独壇場だった。星の光の速さや距離、色の違いと温度のこと、文系の彼女には縁遠そうなことをひたすらに語る。

『あ、あの……トリトさん?』
「ですから惑星を見つける時は瞬かない星を探すと、恒星とは違ってチカチカとした輝き方はしないので、……あっ!」

ぽかんと僕を眺めるナマエさんを見て、あああやってしまった、という気持ちがよぎる。好きな分野のこととなると、相手の反応を気にせずに、つい話しすぎてしまうのだ。

「す、すみません、こんな長い話、つまらなかったですよね……」
『いえ、とても興味深かったですよ!それに、私なんて、そんな知識すらありませんから……』

俯くナマエさんを見て、僕はまたあの日と同じ感覚に陥る。だけど今度はあの日のように、取り乱したりはしない。深呼吸をして、ゆっくりとナマエさんの肩に手を置くと、ナマエさんの名前を呼んだ。

「ナマエさん」
『は、はい?』
「そんな風に自分を卑下しないでください……好きな人を貶されたら、僕も悲しいです」
『はい…………えっ』

ナマエさんが慌ててばっと顔を上げた意味が分からなくて、数瞬考える。
僕の行動。僕の言葉。……言葉?

「えっ、あっ、えっ」

失言……というわけではないのだけれど、僕の言ったことの恥ずかしさに気づいた時にはもう遅く、ナマエさんは顔を真っ赤にして震えていた。

「はーい、次の回が始まるから退場してくださいねー」

容赦のない清掃員さんの言葉が、混乱状態にある僕たちを劇場の外に追い出した。

■■■

「……と、というわけで、ナマエさんとお付き合いすることになりまして……」
「予想はしてたけどよ、お前それ以上にヘタレだったんだな」

辛辣な言葉を浴びせてくるカガチさんと僕は、飲みに来ていた。以前プラネタリウムのペアチケットをもらったおかげでナマエさんとお付き合いに至れたということもあり、お礼として僕から奢らせてもらいたいと提案したのだ。

ふと、スマホのバイブレーションが鳴る。
表示されたのは彼女の名前と、「今日のお帰りは何時ですか?」という控えめな短文。それだけで口元が、緩んでしまう。

「なんだ、彼女かぁ?」

冗談めかして聞いてくるカガチさんに、僕は照れながらも、はい、そうなんですと答える。
カガチさんはにやにやしながら、「俺のことはいいから早く帰ってやりな」と、グイッとビールを飲み干す。

「お前らはまだまだ始まったばっかりなんだからよ。ゆっくりと進んで行きゃいいんだよ」

始まったばっかり。

その言葉に、胸が高鳴る。

僕はこれからナマエさんと、いろいろな会話を交わしたり、いろいろな所へ行ったり、いろいろなことができる。
そしてこれは、僕だけの特権なのだ。

「……はい!今日はもう帰りますね、“彼女”の元に」

僕たちは、まだまだ、始まったばかりなのだから。

それはね、恋だよ

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