Whale's Dream

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 時折、何の戯れなのかひたすら柔らかく――優しく、と表現するのには抵抗があった――扱われることがある。壊れ物に触れるように、掌中の珠を愛でるように。あの方と接する中で、痛みを伴わない時間というのは本当に珍しいので、戸惑いながらもその一時の安らぎは甘受することにしている。たとえその次の日には、いつものように玩具以下の扱いをされたとしても。



「ここへおいで、レーゼ」
「……はい」

 手招きをされ、その足元まで寄って跪く。するりと顎を捉えられ、指先の力だけで顔を上向かされる。視線の先にある、底の見えない深い翠。

「少し、肌が荒れているね。ちゃんと休養は取っているのかい?」
「……いえ、最近はあまり」
「それはいけないな。お前は俺の所有物なんだから、常に完璧じゃなくちゃ。これだと楽しさも半減してしまうよ」

 お前の肌を傷付ける、ね。

 そう言うと、グラン様は輪郭をなぞるように指先を踊らせた。指の腹が頬を撫でる感覚にそれだけでぞくりと全身が粟立つ。
 その震えを見咎めてか、白く細い指が口元へと伸びてきた。下唇に触れたところで促すような視線を送られて、意図を汲んだ私は従順に指先を口内へ迎え入れる。


「……ん、ふう……」
「お前は常に俺という存在を意識していなければいけない。お前を形作るもの一つ一つが、俺のために在らなければいけないんだ。分かるね?」
「は、い。グラン様」
「いい子だね、レーゼ」

 唾液で濡れた指を引き抜き、べろりといやらしく舐めあげるとグラン様は妖艶に微笑んだ。そのまま身体を引き寄せられたので、大人しく瞳を閉じて身を委ねる。

 冷たい唇とは裏腹に熱い舌が、呼吸すら奪い尽くすかのように口腔を蹂躙する。片方の手は頬に添えられ、もう片方の手は纏められていた髪を梳くように緩やかに動いた。ぱさ、と軽い音と共に肩口に触れる質感。
 何度も、何度も。感触を確かめるかのように、グラン様の指は私の髪の根元から毛先にかけてを往復した。

 やがて気が済んだとでも言うように唇が離される。けれど顎を掴む左手だけはそのままで、底知れぬ翠がひたと双眸を覗き込んできた。感情のすべてを探るように。



「ねえレーゼ。俺が怖い?」
「――――は、」
「怖いかって、訊いてるの」


 弧を描く口元とは裏腹に、グラン様の目は全く笑っていなかった。生殺与奪を手にした支配者の目。虫けらを前にして踏み潰すべきか否かを見定めようという目だった。

 息を吸い、返答をしようとしたが、口から漏れたのはひゅう、という乾いた音だけだった。咽奥に異物が絡み付いたように声が出ない。震えながらそろそろと見上げた先のふたつの翠はまだ猶予を告げている。けれどそれと同時に、これ以上は待たないという絶対的な警告をも雄弁に伝えていた。

 からからに乾いた口内を無理矢理に唾液で湿らせ、再度唇を開く。ごくりと喉が鳴る音がやけに大きく室内に響いた。






「…………怖い、です」
「……へえ」

 小さく、しかしはっきりと返した答えに、グラン様は三日月のように目を細めた。

「まあまあ合格かな。回答が遅いのはちょっと難有りだけど、その辺は大目に見てあげる」
「……はい」
「これでもしも怖くないだなんて嘘を吐いて、俺に媚でも売ってきたら。お前の顔を蹴り潰していたかもしれないからさ」

 よかったね、とにこにこ笑って私の髪を弄ぶグラン様は至極楽しそうだ。恐らく私の答えが気に食わないものだった場合は本当にそうしていたのだろう。この人はいつだって、嘘はつかない。

 そして私にとって、この人の言葉こそが真実であり理になるのだ。



「恐怖という感情は、第三者を支配するときに無くてはならないものだ。ヒトが闇を恐れるように、お前はいつでも俺を恐れるといい。お前の本能にまで入り込んで、お前の全てに君臨してあげる」
「あ…………っ」

 首筋に歯が当てられ、そのまま深く食い込んでいく。普段ならこのまま肉を喰い千切られそうなものだが、今日はただ強く吸われるばかりで、じわじわと性感を刺激するようなもどかしい痛みしか与えられない。音を立てて赤い痣を散らされるその感覚に、知らず知らずのうちに熱を帯びた吐息が漏れていた。

「ん……ぁ、はぅ……」
「……本当に、お前はいやらしいね」
「グラン、さま……」

 嬌声に気を良くしたのか、空いていた手が再び髪を弄りだした。頤を捉えていたもう一方はそのまま腰へと回され、背骨のひとつひとつをゆっくりとなぞり上げていく。

 グラン様の手によって拓かれた身体はすっかり快楽に従順になってしまい、こうしてただ触れられるだけで脳髄は痺れ、思考は沼の底に沈んでいく。一欠片も残さずに染み付いたこの人の指が、香りが、痛みが私という器を縛り、絡み付いて離さない。


 身体中に刻まれた傷痕は、所有の証だ。


 かつて私を作り上げていた全てのものは一度この人の手によって粉々に打ち砕かれ、そこから新たに生み出されたのはこの人の為に存在する人形だった。ありとあらゆる欲の捌け口となる為に生まれた、薄汚い玩具。それが今の私の姿。



 それでもよかった。
 それでこの人が満足するというのなら。眼差しも肌も常に冷たいこの人が、私を嬲り虐げることで唯一熱を発するのなら。私が身を捧げる事で保たれるものがあるというのなら、たとえこのまま切り刻まれてしまったとしてもそれで構わなかったのだ。
 いつだって私はこの人の影に怯え、この人の一挙手一投足に行動を支配される。どこにいても、何をしていても、魂の奥深くまで穿たれた楔が私を貫き続けるのだ。



「ねえ、レーゼ」
「…………はい」



 ゆっくりと押し倒され、ざわざわと皮膚を這う冷たさを感じながら、私は全身の力を緩め、脚を開いた。グラン様の笑みがより一層深くなり、伸びてきた手が床に散らばる髪を一房掴んで口元へと持っていく。


「……髪も少し傷んでいるね。指通りも悪い。もう少し気を使うことだね。毎度毎度こんな感触だと、俺の唇が荒れてしまいそうだ」
「はい、グラン様……」


 やがてじんわりと悦楽の毒が脳髄へ浸透してゆくのを感じながら、今日もまた全てを眼前の暴君へと曝け出す。



 


 ただ一つだけ、縋る先がこの腕に無いことを少し不便に思いながら。







end.




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おみずこと、Kyaniteの水月さん宅より11/10グラレゼの日記念で強奪してまいりました^^

おみずの基緑もグラレゼもほんと好きなので大喜びで貰ってきちゃったんだぜ!
グラン様に従順なレーゼたんハァハァ。

ごちそうさまでしたぁああああっ!
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テーマ「人外ファンタジー」
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