就職活動中の学生よろしく、きっちりと後頭部で結わえた一本の黒髪が揺れた。

「今日から千尋先生の下で家政婦生活を送ります、苗字名前20歳!好きなものは枕、嫌いなことは動くことです!」
「要するに寝ることが好きなんだね」
「そうとも言います!」

ハキハキと滑舌よく返答しながら、爽やかな笑顔を浮かべ、親指はぴしりと立ててみせる彼女。そんな姿に一抹の不安を感じたのは自然なことだと思っている。

面倒臭そうな人というか、癖のありそうな人というか……とにかく、彼女からは周りとは少し変わった雰囲気を受けた。あの裁判長みたいな。

内心そんな不安を抱いている僕の気持ちなんか全く知らない彼女──苗字さんは、これまた若さ溢れるフレッシュな笑みを満面に、しかし無理矢理僕の手を掴んで強制的握手をしてきた。

「千尋先生から伺ってます!初めまして、なるほどさん!」
「成歩堂龍一です、なるほどう」
「え、でも先生はなるほど君と」
「ニックネーム的なやつだからね」
「そうなんですか……」

苗字さんは手を離すと少し考えるように唸り、突然、ぱっと挙手。

「じゃあ、親しみを込めてなるほど先輩とお呼びします!」

いや、だから普通に呼んでくれ。
しかしそんな心境も勿論知らない苗字さんは、なるほど先輩ってなんかイイ語呂ですねえ、とニコニコ笑っていた。確かに語呂はいい気もするけれども!

その時の僕は顔が引きつっていたのか、苗字さんはそんな顔しないでくださいよ、とウインクを一つ飛ばしてきた。ごつん。漫画でよくある風に表すならば、ウインクのちかちかとした星が頭に直撃した感じである。

「ところでなるほど先輩、千尋先生は居ないんですか?」
「え?ああ……さっき出掛けに」
「マジですか」

聞いたわりにあっさりとした返答に再び顔が引きつる感覚がしたのも束の間、苗字さんは突然手持ちの鞄から何かを取り出した。そして着こなした黒のパンツスーツ姿の上から、カラフルな刺繍が胸元に施された白いエプロンを着けた。

「え?」

思わず目を丸くした僕にちらりと視線を向け、にこり。

「早速掃除しようと思います!」
「はい?」
「なのでちょっと事務所内を散策してきます!チョメチョメ的な規制の入る危険とか、大丈夫ですか?」
「此所には所長しか住んでないから!」
「あ、じゃあ先輩の家はあれですか。チョメチョメ的な」
「ああもう!君さ、騒がしいとかよく言われない!?」

彼女は二度目のウインク。

「よく言われます」
「ですよね」
「いやいや、ありがとうございますー」
「褒めてないから」

舌をぺろりと小さく出して後頭部を掻く苗字さんを見て溜め息を落とす。この子は今までにいないタイプかもしれない。裁判長よりも癖のある人だ、きっと。矢張よりもバカだよ、きっと。

僕の中で扱いが大変な部類の一番に、たった今、初対面で君臨した彼女は苗字名前。
どんな経緯なのか分からないが所長を千尋先生と呼び、法律事務所なのに何故か家政婦としてやって来た苗字さん。

素性も何も僕にはまだ分からないけれども、言えることはただ一つだ。

「苗字さん、そのドアは押すんだよ。何回も引いたなら分かるでしょ」
「あっはっはっ、やらかしました失礼!」

頭の弱い子、それだけだ。



≫逆転裁判で連載やるとしたら是非お馬鹿な敬語主人公。家政婦は見た的な…でもないけど、現場うろちょろしてなるほど君とイトノコ刑事を困らせたらいいと思います。御剣検事には苦手意識されてたらいいと思います。

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