金銭面全て免除。将来必要な歌とピアノの能力伸ばし。よく分からないがスカウト枠だから受験はない……とは言っても実力を示せと送られてきたCD。

(私に出来るのはお遊戯で、ベートーベンとか無理なんですけど……。もし実力がなかったらスカウト取り消し、とかあるのかな)

半分自暴自棄になりながら、渡されたそれに録音したものは『幸せなら手をたたこう』だ。無論、歌はそれなりに頑張ったが伴奏はメロディーとコード。

(あ、これ落ちた)

アイドルと作曲家コースがある専門学校に提出するものがそれなんて勇者だ。絶対に受かるはずがないと悟るしかない。それなのに。

「見事な歌デシター!合格デース」

勇者なCDを送り返して数日後、電話で呼び出されて学園に行けば無理矢理社長室に押し込められた。そしてソファーに腰掛けた早乙女が拍手しながら、そう言った。

「……え、あれで?」

命知らずな勇者なのに、と思わず目を平らにする。すると可愛らしくもすらりと背の高い綺麗な容姿をした女性が名前の肩を叩いた。

「謙遜しすぎよう!ハスキーなのに迫力と優しさがある声ね、もう惚れちゃいそう」

褒められることに悪い気はしないが、うっとりとした顔で近付かれれば少し戸惑う。愛想笑いを浮かべながらありがとうございますとだけ返した。しかし何やらこの女性の声は見た目に合わず低音だ。

「まだまだ改善点はあるが、まあ、結構良かった」

くっついていた女性の首根っこを掴んで離してくれたのは強面だが美形な男性。

そういえば何となく見たことがあるかもしれない、と流行などに疎い頭を回転させてみる。学園に居るのだから……とテレビ関係に絞ってみると案外すぐに分かった。女性は月宮林檎、男性は日向龍也だ。どちらも現役トップアイドル。そして林檎のほうは女装した──。

「お、男の人……」

有り得ないとばかりに顔を歪めて彼女……彼、いや彼女を見つめれば、林檎は視線に気付きハートが浮かびそうなウインクをしてきた。この際彼女でいいだろう。

人気アイドルを目の前にしても興奮したり取り乱したりしない名前は、ただ単に疎いからだ。知識のない頭を必死に回転させて漸く思い出した程度な為、どうも実感が沸いてこない。

いや、とにかく今は彼らのことより自分のことだ。そう気が付いた名前は腰掛けたままの早乙女に言った。

「あの、あんなので合格……なんですか」
「あんなの呼ばわりは怒りマス。このワタシが良いと言ったら最高、ブラボーなのデスヨ!」
「は、はあ……」

怒られたのか褒められたのかいまいち分かりにくく、曖昧な返事しか返せない。

自分の声は幼い頃からかっこいいと言われるような、女子にしてはハスキーなほうだと感じている。しかし彼女にしてみれば、女の子らしいソプラノが良いと幾度と文句を垂らしてきたコンプレックス。掠れ具合によっては聞き取りにくいと一喝されたこともある。それを踏まえて歌う時はなるべく張り上げるようにするが、どうも滑舌も悪いらしい。

せめて歌声だけでも直らないかなと合格した早乙女学園で頑張る意識はあるものの、アイドルコースというのを思い出せば気が引けてくる。

「勿論、私ってアイドル……方面なんですよね」
「ピアノはからっきしだからして、作曲家はノンノンノン!」
「ですよね」

分かってはいたけれども!この私がアイドルってどうなんだ。演技は出来るがそれは子供の前だけでの話で、大掛かりなドラマ仕立てのものは無理だ。歌は何とかなるかもしれないけれど、どう考えてもアイドルには向かない可愛いげのないものになるだろう。

つまりアイドルコースに不適切な人間ではないかという結論に至ったが、早乙女は楽しそうに口元を歪めると紙袋を渡してきた。再び押し付けられたそれの中身を見てみる。制服だった。芸能専門学校に相応しい派手なそれに、またもや眉をしかめたくなったが、何かがおかしい。違和感がある。

「ドーゾ出してみてクダサーイ」
「……いや、ちょっとこれ……」

言われた通りに出したそれは女子用ではない。スカートが見当たらない。逆にスラックスがこれでもかと視界に入ってくる。
(……いや、まさか)

「私、女ですけど……」
「見れば分かる」

早乙女はただ視線を寄越しているだけ。横を見ると、龍也がどこか申し訳なさそうに顔を歪めている。

「お前、自分の顔はよく知ってるよな?」

頷くしかない。
残念なことに声がハスキーならば顔も中性的だ。女にも男にも見える微妙な顔立ち。不細工だとは思わないにしても、やはり女として恵まれていない。唯一は身長くらいだ。160センチはない。髪の毛は邪魔だからと肩につくかつかないかの長さ。

「……あの、結構気にしてるというか、コンプレックスというか」
「綺麗なのにもったいないわ!」
「……はあ」

可愛い顔立ちの林檎に言われても劣等感が増すだけだ。どうせなら林檎のような顔が良かったと思う名前はただただ頷くしか出来ない。

しかし、だからなんで男子用の制服?と首を傾げれば、龍也が苦笑した。

「まあ、そのコンプレックスとやらを逆手に取るっつーか」
「はい?」
「Ms.苗字は男として通ってもらいマース!そう決めちゃったのヨ、これ取り引きなのヨ」

慣れつつある妙な喋り方にそちらを見ると、早乙女が人差し指を立てて注目を集めた。

「教育費免除の代わりに出す命令だ」

肝心な話の時は普通に喋るらしいと気付きながらも、唸る。

容姿は身長以外どう見てもどう考えても中性的で、男の格好をして男だと名乗っても信じられるだろう。しかし、一年間男としては流石に無理があるというか、いつか必ずボロが出るというか。

「バレても構わない。まあ、なるべくバレないように徹底してはもらうが……アイドルとして売り出すも出さないも、お前は男で歌うほうが向いている」
「うぐ……」
「保育士になるとしても、その声なのだろう?ならば無理に女として歌わせるよりは近い形にしたほうが良い」

何しろその男顔負けの容姿だから、事務所側にもメリットというものが必要でな。

御託を並べられているが、正直そうするならそうしてもいいと名前思う。どうせ学園で通うのは歌とピアノの能力向上の為であり、女か男かなんてどうでもいい。最終的に良い方向に進めるのならば。

加えて先日もらった冊子には校則で恋愛禁止令だ徹底されていて、破ると退学だとくどくど記述されており、心配はないが予防として男装するのも悪くない。そしてもうひとつ。

(芸能専門学校の女子って気強そうで恐いし……)

実際は分からないが芸能界なんて上下関係や売れる売れないの差がある場所での女子の性格といえば、大抵気が強いと渡っていけなさそうである。もしくは要領が良いとか愛想が良いとかだろう。

その点気が強くも、要領が良くも、愛想が良くもないほうの彼女にしてみれば良い逃げ道だ。修羅場に巻き込まれる心配もない。何せ男が男を好きになるとか、女が女を好きになるとか、そう簡単にあるものでない。

名前は真新しい制服をぎゅっと握ると、決心したように早乙女に力強い視線を向けて頷いた。

「私……いや、僕は男になります」

金銭面と能力向上を天秤にかけるなら、容易いものだ。



≫男装ものって初めて。でも正直うたプリのキャラってまだ把握してない(笑)シャイニングの口調迷子。

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