演劇でシンデレラをやるとしたら、ガラスの靴を試し履きする村人E。白雪姫をやるとしたら、森に住む小鳥C。

それも無理矢理やらされるわけではなくて自ら買って出るような、所謂、普通や平凡が似合う目立たない人生でいい。とりあえず普通に生活して、普通に働いて、出来れば結婚して、普通に天寿を全うしたい。苗字名前という少女は15歳にして普通を好む、年寄りくさい思考を持っていた。それなのに。

「Youは今期のスカウト枠に選ばれマシタ〜」

体格の良い風貌から社長という肩書きが似合う男が、片言気味の妙な喋り方と共に人差し指をビシリと向けてきた。

何が。誰が。そんなことを思いつつ振り返ってみたが誰もいない。となれば、その向けられた指は自分を指しているらしい。名前は鍵盤の上に乗った手を彼と同じようにして自身に向けた。

「え、あの、わ、私ですか?」
「この部屋にはキミしかいまセーン!それとも、キミは見えない人が見えるんデスカ?」
「やめてください縁起でもない!新たな可能性見出したらどうするんですか」
「ワタシはキミに新たな可能性とやらを見出したノヨ、Ms.苗字」
「え」

もしかしたらこの人は占い師か何かで、私に霊感があるとでも言っているのだろうか。思わず顔面蒼白で辺りを見渡してみた時、噛み合ってませんね、と男はこれまた妙な喋り方で頭を抱えた。だから一体何なのだ、そしてこの社長(見た目の印象)は誰なのだ。

いよいよ不審に感じてきて携帯を取り出す為にポケットに手を突っ込むと、見計らったようなタイミングでずいと何かが差し出された。

反射的に視線をそれに向ける。A4の冊子。やたらときらびやかな表紙をしていて眉をしかめたが、そこにでかでかと強調された金色の文字が飛び込んできて瞬時に目を見開いた。呪われたコンタクトをしていないのならば、それは。

「……早乙女学園?」

名前にはそう読めた。確かめるように男を見上げると、サングラスで読み取りにくいが満足そうに口角を持ち上げ数回頷いた。

半ば強引に押し付けられてやむを得ず冊子を受け取る。眉をしかめたくなる表紙には無駄に豪華な校舎と、目の前の胡散臭い社長がピースサインしている姿。
知識は薄いが、その冊子が何を示しているのかくらいは分かる。夏休み辺りから来年度の3月までCMが流れるのだ、嫌でも分かる。

早乙女学園は年齢関係なく入れる上に倍率が200という、見た目も中身も豪華な芸能系専門学校。芸能界を牛耳っているに近い存在の社長が学園長で、良い成績を収めれば即、社長の事務所でデビューが出来るとか何とか……。

「え?」

社長って誰。表紙でピースサインをしている男と目の前の男を見比べる。体格が良くて、サングラスで、胡散臭い感じの…………。

「シャイニング早乙女さん?」
「Yes!ミーがシャイニーことシャイニング早乙女社長デース!」

思わずあんぐりと口を開けて呆けてしまったが、ふと我に返ってかぶりを左右に振った。顔が引きつってぎこちない笑顔しか出来ない。

「……いやいや」

質問が沢山ありすぎて、まず何を言ったらいいのか分からない。敢えて一言告げるとすれば「意味が理解出来ません」……ではなく「私は普通高校に進学します」だ。

「あの、私、地元の高校……」
「学園も地元なのネ」
「いや確かに地区内ですけども。私は一般科目が単位の学校……」
「But!ワタシにしてみれば学園が一般科目ヨ」
「いやだから私」
「保護者の承認は得マシタ」
「え」

今度は手元の冊子の上に上質紙が置かれる。入学手続き、という太字の下に親の名前と印。どう見ても契約書のような物だった。

「お前の弾き語りはなかなか面白かった」

状況が上手く呑み込めないうちに振りかかった言葉に顔を上げて男──早乙女を見つめる。そして名前は困ったように片頬を痙攣させた。

「今日やったのは『結んで開いて』なんですが……」

確かに弾き語りとは言える。しかしそんな大層なものでなく、自分より年下の子供達を相手に騒ぐように歌った遊びだ。アカペラでもいいが分かりやすくしたり楽しめたりする為に、メロディーとコードを使っただけのピアノ伴奏は取り入れた。それだけ。

「お遊び程度なのに、あの、弾き語りなんて表し方はちょっと……いや、かなり恥ずかしいというか」
「歌は好きか」

今度はこちらが噛み合っていないと言いたくなるような返事だ。

「そりゃ好きでやってるので……」
「独学らしいな。もっと上を目指したいとは思わないか」
「上手くなるに越したことはないです、けど……」
「将来は保育士になるんだ、と」
「…………」

もしかしたら馬鹿にされているのかと血が昇りかけたが、この人には軽くあしらわれると思い、渋々小さく頷いておいた。

名前の夢は保育士だ。今もそれらしきことを休日にやっているが、それは所詮家族内のお遊びだ。しかし名前はきちんとした免許を取得し、一人で生活していけるような社会人になりたいと昔から思っていた。

そういうわけで、決して立派な弾き語りが出来るようになりたいとは考えていない。先程述べたように上手いに越したことはないが、子供達と楽しく、感情や表現を豊かにしていけたらいい。保育士になりたいのだ。芸能系の為の歌とピアノではないのだ。

「あの……いきなりスカウト枠だなんだと言われても、同意があっても、私はその……芸能界というか、アイドルになりたいとは」
「卒業までの一年間の金銭面は全て免除だ。無理矢理入れる気はないが、少なからず能力は伸びるだろう」

やけに挑戦的に見える笑みを浮かべた早乙女は言った。

「賭けをしてみないか。この一年間でお前が保育士とアイドル、どちらの道を選ぶかを」

名前は手元の物と早乙女を見比べて唸ることしか出来なかった。



≫全キャラの大恋愛を攻略した後の産物。衝動に駆られていっそのことシリーズ化しちまおうかと浮気しました後悔はしてない。でもやっぱりおお振りを無下に出来ない!から、こちらに浮気文。実は冒頭のシンデレラ〜の部分がめちゃめちゃ気に入ってる。

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