朝練を終えてきた泉君と浜ちゃんイジメを軽く楽しんでやっていると、担任が教室に入って来た。それと同時に肩をすぼめて席に戻ろうとした浜ちゃんに、私の現国のワークを渡した。

「きりーつ」

今日の日直が生気のない声で号令をかけると私達は立ち上がる。目をきらきらと輝かせた浜ちゃんは、それを手にして足早に席に戻った。

声はバラバラだが個人個人それなりの声で挨拶を終えると、席に着く。出席確認するぞという担任の声を聞きながら、私は頬杖をついた。今朝から色々と濃くて、疲れた気がする。

「なあ苗字」

呼ばれたので素早く右に顔を向ける。机に身体を預けた体勢の泉君が、私を見上げていた。やっぱり浜ちゃんの時よりは私の心持ちが大分違う、泉君の上目遣い。女子顔負けのくりくりとした大きな瞳に私が浮かんできた所でじっくり見るのを止める。最近、泉君の顔を正面から見るようになった。

進歩したぞと心の中で盛大にガッツポーズをした時、泉君はじっと私を見詰めたままぽつりと耳を疑うような事を言ってきた。

「浜田と付き合ってんの?」

気持ちよすぎるガッツポーズはやんわりと解かれた。え、何言っているの泉君。本気?ちょっと待ってよ。

「……気持ち悪い」
「え」
「浜ちゃんと私がって、想像しただけでも吐き気がする」

私の中で浜ちゃんは浜ちゃんなのだ。気が置けない友達で、くだらない話も下ネタも話すし、たまに一緒に帰ったりするし、宿題の貸し借りだってやるし、食べ掛けのコロッケパンだってあげられる。

泉君が相手なら、くだらない話や下ネタよりもっと価値のある話がしたいし、一緒に帰ろうなんて簡単に言えないし、間違いだらけの宿題なんて貸せないし、食べ掛けのコロッケパンなんて意識しすぎてあげられない。浜ちゃんは好きだけど、泉君の方がもっと好き。

「私と浜ちゃんは親友で、それ以上でもそれ以下でもないや」

ちょっと可愛子ぶりたいなんて思うのも、泉君の前だけ。そもそも私が泉君を好きになったのは浜ちゃんのせいなのだ。浜ちゃんからいっぱい聞いたよ、泉君の事。生意気な後輩だけど一番気にかけてくれたんだと。

それなのに泉君からそんな勘違いをされるなんて少しだけ心が痛かった。

「ならいいんだけど」
「え」

痛かったはずの心は何処へやら。先程まで私を見詰めていた大きな瞳が腕で隠されて、しまいには顔を腕に埋めて全く見えなくなった。代わりに私が泉君を見詰める。え、今、え?

「別に深い意味はねーよ?ただ、浜田に彼女出来んのむかつくから」
「あ、そっか」

留年した先輩に先越されたくないよね、私も泉君の立場だったらそう思うよ。……いやいや、でも、泉君、その言葉はちょっと無理があるかもしれない。流石の私でもちょっと疑うぞ、自惚れるぞ。……自惚れて、いいのか?

「い、ずみ君」
「……」
「あれちょっと」
「……」

それきり泉君は顔を上げようとはしなかった。その全く動じないスルーのお陰でまさか寝たのかなんて思ってしまう。でもあの流れで寝たんだなんて簡単に信じる程、私は馬鹿ではないのだ。

泉君と同じように私も机に顔を埋めたら、先生からそこの二人具合悪いのかと声を掛けられてしまった。私はちょっと具合悪いです先生。

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