授業始まる前はあんな穏やかになったのに、結局授業は頭に入ってこなかった。余った時間にワークをやれなんて言われていたらしいが、異常な疲れがあった私はその時間を睡眠学習で使ってしまった。次いでにいうと、ワークは宿題だと。

そういう訳で、宿題を朝のうちに終わらせるべくいつもより早起きして登校。家でやるより学校の方が案外はかどる私にしてみれば、朝早く登校するなんて何度もある。授業中に居眠りしてしまう事はあっても、遅刻をした事は一度もない。

自転車を漕ぎ続けていると、漸く校門に差し掛かった。この先の玄関までの坂が私は嫌いだ。帰宅部にとって毎日これを自転車で登るのは疲れてしまう。

「あれ、苗字?」
「っ!?」

さて気合いをいれて……とペダルに力を込めて一歩踏み出した時、突然後ろから声を掛けられた。私の頭の中で何度も何度もリピートされてはにやけてしまう、あの声。ペダルから地面に足を下ろして振り向けば、私と同じような体勢の泉君が居た。

「いつもこんな早いの?」

そう聞いてきた泉君はいつものような服装にいつものエナメルバッグ。そうか、野球部は朝練だ。運動部は本当に大変そうである。学校の行事より部活を優先してしまうくらいだから、本当に大変だろう。

「今日は、たまたま、かな」
「へえ。いつもじゃねーんだ?」
「テスト前とかは結構この時間帯だよ」
「じゃあ今日は?」
「え」

流してくれたらよかったのに、言わなければいけないのか。いや、泉君から話題を振ってくれた事が一番嬉しいけれども、理由が理由だ。

「現国の宿題、やるために」
「ふーん」
「……なんで笑ってるの」
「昨日最後寝てたなーって思い出して」

がっつり見られていたようだ。起きた時机に伏せていたから寝顔を見られた心配はないのだろうが、泉君に居眠りを目撃されたショックが大きい。恥ずかしい。私いつも居眠りする訳じゃあないんだよ!

たまたま眠かったから寝たんだよと弁解の言葉をかけたが、泉君は笑ったままああそうとだけ返してきた。ああ、もう駄目だ、私不真面目だと思われた。

「帰宅部だと暇があって羨ましいな」
「え?」
「だって時間を有効に使えんだろ。俺はほら、野球部だから」

ああ、そうか。部活が大変だから宿題忘れただとか居眠りしただとか通用しない。宿題忘れたらやる暇なんかなくて提出期限守れないし、居眠りしたらすぐ授業についていけなくなってしまう。

「泉君、大変だね」
「まあな」
「部活楽しい?」
「それなりに」

そう言って笑う泉君のそれなりに、は本当に充実しているからくる言葉だろう。泉君は大変だ。私は大変じゃない。部活の有無の違いか、はたまた努力の違いか。やっぱり私には泉君がきらきらと輝いて見える訳だ。納得。

「そういえば、グラウンド直行しないの?遠くなかったっけ、野球部の」

聞くと同時に泉君は私の横を通り越し、先に坂を登り出した。その背後から聞こえてきたのは、返事。

「あー、忘れ物!」
「大変だねえ……」

泉君を追い掛けるように私もペダルを踏み込む。野球部の体力は凄まじかった。全く隣に並ぶことなく先に登り切ってしまった。涼しげな顔をする泉君に漸く辿り着いた頃には、肩で荒い呼吸をする私。せめて運動くらいはしようかと本気で考えてみる。

「お疲れー」

全然疲れていなさそうな泉君からの言葉に苦笑する。泉君の言葉は、確かに私だけに向けられている。それがちょっとだけ嬉しくもあり、差がある事に悔しくなった。

やっぱり運動はしよう。せっかくだから留年したオジサンも誘ってみようかななんて、これからの事を張り巡らしていた時、あ、と気が付いた。ぱっと顔を上げると泉君と目が合った。これなら私が先に言えるぞ、なんて。

「泉君、おはよう」

泉君は少しだけ面食らったように、そして照れ臭そうに笑った。

「うス」

野球部らしい挨拶だった。

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