泉君の隣の席になってから早数時間。四時間目は現国らしく、置き勉していた教科書を机の中から取り出した時、「なあ」泉君から呼ばれてしまった。

「あ、はい?」

急いで物を机に上げて泉君を見る。泉君を直視するのは何だか恥ずかしくて少しだけ笑顔を作った。笑っていれば泉君が真正面にいるという事実がぼやける。

泉君は一瞬だけ顔を顰めた後、私の机の上にある現国の教科書を指差して、言った。

「忘れたから見せて」
「うん……え、見せる?」
「昨日は現国なかったろ?家に置いてきたんだよ」

だからよろしく、そう言いながら机を近付けてきた泉君に私は目を見張る。泉君は置き勉をしない真面目な人なんだと思う反面、その図々しさに驚いてしまった。有無を言わさず自分の利益を考えるその姿勢は嫌いではないが、私にはきつすぎる。仲良く机をくっつけて二人で教科書を覗き込むなんて……恐れ多い。寧ろ私はいいから泉君だけに貸してあげるなんて言いたかったが、流石に言えなかった。

「今日どっから?」
「えっと、一昨日の続きだから……」

聞かれるままにページ数を言えば、泉君はふうんと頷きながら示されたページを開いた。そしてそれの背表紙を二人のくっつけた机の境目に置いた。

「見にくかったら言えよ?ずらすから」
「わ、分かった」

やばい浜ちゃんと二人で教科書見た時の状況と全く違う。日本とブラジルの位置くらい違う。こんな緊張するものだったっけ?教科書の端の方が反射して見えなくて浜ちゃんなんで忘れるのと苛ついたのに。相手が泉君なら、教科書が見えなくても構わない。それより二人で顔を寄せあって見る事に意識が持っていかれて、満足に教科書を読む事すら出来なくなるかもしれない。

自分の中での浜ちゃんと泉君の段差に初めて驚いた。浜ちゃんは気が置けない友達で、泉君は気が置ける友達。いや、好きな人?泉君が相手だとこうも胸が痛いらしい。その私の中での二人の違いに気付いてしまえば、私は本当に泉君が好きなんだなと改めて思う。

「どっちか教科書忘れた?」

授業が始まる数分前、突然田島が振り返ってそう聞いてきた。それに私がああと言葉を詰まらせるより早く、泉君がそうだよと言った。

「お前と違って俺は置き勉しねーから」
「んだよ、忘れたんなら意味ないだろそれ!」
「忘れても田島よりは点数良いし」
「うぐっ……」

あ、田島は私と同じで置き勉するタイプなんだ。いや見てればそうなんだろうとは思うけど、なんか複雑だ。田島よりは私だって頭良い自信はあるけど、泉君ならどうなんだろうか。私の方が馬鹿?……忙しい野球部に暇な帰宅部が負けるなんて、本当に複雑すぎて笑えない。あれ、だったら浜ちゃんは既に笑えない状況じゃあないか。

「苗字、ノート見せて」
「あ、ああ、うん」

教科書を忘れたとなれば勿論ノートも忘れてしまう。差し出された泉君の手に、桃色のノートを乗せる。その表紙には、真ん中より上で右側に寄っている現国の文字。我ながら几帳面さがない。

……あ、ノートは人に見せられる状態だったっけ?寝ながら書いたミミズ文字になってないだろうか。変な落書きとかあるだろうか。……泉君の名前を書いていなかった、だろう、か……。

「っわ!」
「!?」

突然出された泉君の声に私までもがびくついた。ちょちょちょ、ちょっと、待って!泉君の名前書いてあったかもしれない!消してないかもしれない!一昨日書いたかもしれない!

しかし慌てる私を余所に、泉君は笑い始めた。あれ?なんて首を傾げているとノートを見た田島も笑い始めた。……え?何書いてあったの?

堪えるように腹を押さえる泉君からノートを渡されて、余白を見る。

あ、現国の教科担任の似顔絵。

「似てる!お前才能あるな!」
「これ三橋に見せてえ!後で写メっていい!?」

けらけらと笑う泉君と、まさかの写メを頼んでくる田島。そして私は恥ずかしくて顔を真っ赤に染めていた。落書きを見られたのは失態だったけど、泉君が笑ってくれたから嬉しかった。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -