かぶき町の朝は遅い。空が藍色に深まる頃にさあ仕事だと皆が暖簾を上げるような町だ。 かくいう私もかぶき町に住んでいる身なのだが、仕事先の主人による雑用を指令されてしまい、久しく早朝に起きた次第だ。 踏まえてこの店で起きたのは私だけであるはずなのだが、先客が居るという事はどうしたものだろうか。 「……いや、何してるんですか、坂田さん」 場末のスナックお登勢で働く私は、この家の二階に住み着き万事屋とかいう如何わしい商売をしている主人の坂田さんと早朝から出会した。しかも場所はスナックお登勢であり、しかも彼はだらしないと有名な人物だ。何故早朝から居るんだ。 カウンター席に座って勝手にお茶を飲んでいた坂田さんは片手を上げた。 「よ」 「ああ、おはようございます……いやじゃなくて」 「お前寝癖酷ェぞ」 「貴方の動き回ってる髪よりはマシだと自負してますけど」 「遠回しすぎだろそれかえって傷付くんだけど!スパッと言ってくれた方が案外いいっていうか」 「貴方の天パよりはマシだと自負してますけど」 「いやなんでワード代えてまんま同じ台詞!?直球すぎじゃね!?」 「坂田さんが言ったんじゃないですか」 「だからってさァ……いや、まあ、んな事くらい銀さんは和式トイレに流してやるくらい器広いけどな」 「なんで和式?せめて洋式にしてくださいなんか汚い」 「トイレはトイレだ、水洗ならまだいいだろ」 「ポットン便所は精神的にキツイですよね、あの落ちた時の音っていったら」 「便所の話はもういいわァァァ!!」 スターン!と軽快な音を響かせて坂田さんのコップが机に置かれた。拍子に入っていたお茶が飛沫を上げて机を汚す。いや掃除するの私なんですけど。 面倒事は増やすなよと言う風にギロリと睨んだものの、坂田さんは物怖じ一つしない。ましてや欠伸なんか溢しやがって。 「台拭き持ってきます」 「あァ、頼む」 坂田さんは非常に扱いが面倒臭い。口達者すぎて口喧嘩では無駄に強いから勝てないし、掃除しないし、家賃払わないし、なんか知らないけど私が万事屋の家事やってるし、神楽ちゃんと定春に遊びをせがまれるし、新八君影薄いし、新八君眼鏡だし、坂田さん天パだし……。あれ?なんか最後全然関係ないし、意味分からないし。 とにかく、此所で働き始めてから人って逞しく生きていけるんだなと実感しました。あれ、作文? 「……疲れた」 「ん?なんか言ったか?」 「いや何も。はい、台拭き」 「ごくろーさん」 「…………」 ムカつく。 私は何も関わってないのにわざわざ台拭き持ってきたのに、へらりと笑いながら受け取るなんて。やばいこの人ささくれで地味に痛がっててほしい。 ……なんだ、私。ムカムカしすぎてる?いやいやいや、だって坂田さんがムカつくから仕方ないよねこのムカムカは。 「そういやババアがよォ、掃除しとけだと」 「だから早く来たんですけど何ですかアンタ殴られたいんですか」 台拭きでコップの辺りを適当に拭いた坂田さんに仕方なしに手を差し出しそれを返すように促したが、坂田さんは台拭きを返してはくれなかった。その代わりに、私の出した手に坂田さんの大きな手が乗っかった。 「ババアからの依頼だ。しっかり掃除したら今日は店に出なくていいだと」 「……は?」 「いやなんか、お前最近疲れた顔してるって言うんでよォ。だからって何もさせないで休みにしたらクソ真面目なお前の事だからノコノコ店に来るだろうってな」 「クソって付けないで頂けたら私は貴方を見直していました」 「ほら、掃除しろ」 「…………」 とん、と背中を押されて一、二歩踏み出す。 やっぱり私疲れていたらしい。しかもお登勢さんにも分かる程だ。まああの人は勘がいいから、気付かない事もすぐに気付いてしまうかもしれないが。いや、実際に気付かれたからこの状態なのだ。 私は台拭きを厨房に置く坂田さんにちらりと視線を向ける。悔しいけど、彼はお登勢さんに負けないくらい、強い人。 いつもだらしなくてどやされてばかりの彼を呆れるくらい見るけれど、こういう時は狡いと思う。 「あ、ついでに万事屋の朝飯も頼むわ」 にやりと意地悪そうに口角を引き上げる彼にはやはり溜め息しか出なかった。 |