自分が相当重症である事は誰よりも承知している。

だってこんな経験は今まで生きてきた中では初めてで、自分自身重症だと気付かざるを得なかったのだ。恋人の一人や二人と言わず三人、四人と出来ていた僕はもう成人済みだし、それなりの過程や経験だって知っている。逆にお手の物だ。

なのに、まさか自分がたった一人の女性に振り回される時がきたなんて、手放したくないなんて思うなんて、今まで別れた全ての女性に嘲笑われそうである。いや、いっそのこと笑ってくれたらいい。だって、僕は今笑われたって気にも留めないくらい幸せだから。

「あら、ダイゴさんまだ居らしたのね」
「はい。お疲れ様です、ジョーイさん」

ポケモンリーグ、そこはポケモントレーナーが目指す最後の砦。そこで僕は四天王を倒したトレーナーと一番最後に戦うチャンピオンをやっている。バトルは好きだが正直石を集める方が好きな僕なんかがチャンピオンなんていいのだろうかと悩んでいた時期もあったが、今はどちらも同じくらい好きだから気にしていない。

窓から見える空には白い粒達が主張して瞬き、もう暗いことが伺える。リーグに備えられたポケモンセンターのジョーイさんもそろそろ帰り支度に入ろうと準備をしていて、邪魔をしないようにとその場から離れて外に出てみた。

リーグだって人の経営している場所だから夜はトレーナーを受け付けていない。現にジョーイさんも今帰る所だ。リーグのポケモンセンターでは宿泊禁止なので既に誰も利用していない。四天王の人達はもう自宅に帰った。僕はまだ帰らない。

「早く来ないかな」

リーグの壁に背中をつけてしゃがみ込み、深い紫の空を見上げる。そんな僕の前方にはリーグに挑戦する為に必ず通らなければならないチャンピオンロード。そこから疲れを感じさせない笑顔で出てくる女性を待つ。

別に彼女とは恋人でもないし一緒に帰るなんて約束なんかしていない。僕の勝手な行動だ。それでも彼女はいつも優しく笑って「ありがとう」なんて甘い声で言うのだ。それが堪らなく嬉しい。

彼女、名前さんはチャンピオンロードの責任者であり、営業外の最後はトレーナーが居ないかを確認する為にあの無駄に広くて迷路な洞窟を歩き回る。可憐な笑顔と華奢な身体からは想像出来ないくらい、名前さんは強くて逞しい。あんな洞窟の道全てを把握し任務にあたる彼女には惚れ惚れする。

なんて考えているとやはり自分は重症すぎだと認識した。今まででは僕が他人を待つタイプではなく、逆に待たせているタイプだったのに。僕が笑うんじゃなくてあっちが僕を笑わせようと会話をしてきたのに。今じゃすっかり彼女を待つし、彼女の笑顔が見たくて会話をするタイプになってしまっていた。でもそれがいい。彼女の隣に居られるならば、そんな事どうでもいい。


「――あ!」

洞窟の入口から人が出てきたのが見えて思わず声を荒げる。普段なら恥ずかしい事だが今は気にしない。僕は柄でもなく泥だらけになっているであろう彼女を迎えに走り出した。

「名前さん!」

顔を確認出来たら直ぐに名前を呼んだ。すると彼女は僕に気が付いて手を振ってきたから、僕も負けじと振り返した。目の前まで来た。

「まだ居たんですか?夜中にポケモンを飛ばすなんて可哀想ですよ」
「君もじゃないか。いつも一番最後に此所を出るんだから」
「じゃあダイゴさんもじゃないですか。わざわざ私を待つんだもの」

名前さんは笑う。嬉しそうに笑っているのだから迷惑でない事が改めて理解した。うん、彼女の笑顔は最高だ。

案の定毎日泥だらけにするツナギを着た彼女は傷ばかりのヘルメットを頭から外す。格好は男みたいなのに、邪魔にならないように纏められた長い髪が乱れているのを見ると変な気分になる。気分を隠すように、毎日俺は汗を伝わせた彼女にタオルの差し入れを渡すのだ。……普通は男女逆転な行動だが、彼女が嬉しそうに使ってくれるのだから本望だ。

彼女用に買った黄色のストライプのタオルを受け取った彼女は、僕が大好きな笑顔をお返しに渡してくれるのだ。

「ありがとう」
「……じゃあ急いで帰ろうか。待ってるから」

待つよ。君の為なら御安い御用だ。タオルを首に宛がいながらリーグに走る愛しい後ろ姿を、見えなくなるまで見つめる。

小さな逞しい彼女の手を優しく握り、甘ったるい愛の言葉を囁くのは、もう少し先の未来だと確信した。

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