野球部でエースピッチャーの彼は、毎日部活があって大変だ。
一緒に帰りたくても待つまでの時間が勿体無いし、彼も暇だろうから待つなよと言ってくれていた。だから私は甘えて、夜にメールするね、と返して帰路に着くのだ。着いていたのだ。

「お前なんでいんの?」
「なんでだろう」

節電してみようと一人になった教室の電気を消し、窓から射し込める微睡んだ朱色を背後に携帯を弄っていると、もともと灰色っぽいユニホームを泥塗れにした榛名君が現れた。

突然の出来事で思わず動きを止めた私に合わせてまた彼も一瞬だけ止まったが、彼の場合、一瞬だけ。

眉をひそめ、ずんずんと私の席に近付いて来たかと思えばその一言を突き付けてきたのだ。少しだけ榛名君の顔が不機嫌そうに見えた。

「榛名君、怒ってる?」

そう聞くと榛名君は驚いたように目を見開き、片手で自分の顔を隠した。片手だけで隠せるなんて、手が大きいのか、はたまた顔が小さいのか。どちらにせよ羨ましいことだけれど、それより、榛名君がなんで自分の顔を隠したのかが気になる。やっぱり不機嫌なのかもしれない。

「ごめんね」
「は?」
「え?」

とりあえず謝っておこうと言えば、榛名君の片手が下ろされて大きな聞き返す言葉が返された。思わず私も聞き返した。すると榛名君は、何が?とまた眉をひそめてきたので私は慌てた。

「え、だって、こんな時間なのに学校にいたから……?」
「俺はお前の母ちゃんかよ」
「私も今それ思った」

だよね。違うよね。ちょっと言い方が悪かったなんて分かっているけど、はっきり言ってしまうのは悔しいし、何より恥ずかしかった。しかしそんな私の心情なんて知りもしない榛名君は、首筋を掻きながら教室を見渡した。釣られて私も見渡してみた。

「どうしたの?」
「お前だけ……だよな?」
「多分。皆帰るの見届けた気がしたけど」
「友達とかいねーの?」
「部活あるから今日は私一人」
「……疚しいこと、ねえよな?」

確かめるようなその言葉に苛立つ反面、気にかけてくれていると嬉しくなってしまった。言った後から自分が何を口走ったのかと気付いたのか、きなり口を抑えて後退りをした榛名君に、私は笑った。

「ないよ」
「だ、だよな」
「……あ、ちょっとあるかも」
「え!?」
「疚しいことなんでしょ?私、榛名君を待とうとしたから」

言ってやったぞ、と試合に勝ったかのように誇らしげな顔をしてやりたかったのだが、内心ぐちゃぐちゃだった為に私は顔をロッカーのほうに逸らした。恥ずかしい。

しかし、そんな私に何かちょっかいをかけるでもなく、榛名君は私の目の前で立ち止まっていた。何となく見下ろされている感じがして、余計に目を合わせられない。

「遅くなるから待つなって言ったのに」
「だから、ごめんって」
「俺を待ってたんだよな」
「……まあ、うん、そうなるよね」

言わせるなよバカヤロウ!そう言いたかったが、不意に肩を掴まれて言葉を呑み込んだ。反射的に顔を正面に向ければ、夕焼けに染まった榛名君の瞳。

こいいうシチュエーションって誰でも照れるよな、なんて思った。照れる。熱い。イコール顔が赤い、かもしれない。榛名君の右手が、私の頬を、ゆっくりと、滑った。

「ちょっと嬉しいかもしんねえ」

ホームランが垣間見えた。

「どんなに帰れって言ってもよ……いや、帰るなとは言わないぜ?やっぱ、待ってくれてるのって、フツーに嬉しい」

はにかんだ笑みを見せた榛名君はそのまま私の頬に指を滑らせながら、ぐっと顔を近付けてきた。ちょっと待ってよ、と言いたい私は言葉よりもまず行動。榛名君の泥塗れユニホームを押した。

「ちょ、いきなりはやめよう?ていうか学校はやめよう?」
「誰もいないっしょ」
「いやでも、見られてるかもしれないっていう緊張感が」
「俺はそういうのイケるけど」
「私はイケない!」

もし人が来たらどうするの、絶対変な空気になるじゃん。見られるのも嫌だし見るのも嫌だ。学校は学ぶ場なんです!と押し返していると、眉をしかめた榛名君が離れた。あ、不機嫌。そう思ってしまうくらい、榛名君の顔は分かりやすかった。

「まだ待ってんの?」
「せ、せっかくだから最後まで待つよ」
「せっかくって何」
「待つ!最後まで待つよ、その為に今ここに居るんだから!」
「会えたし、帰ってもいいぜ?」
「……絶対待つ。榛名君、嬉しいんでしょ?だったら待つよ」
「お前なあ……」

居た堪れなさそうに首筋を掻く榛名君の顔が赤かった。それは彼自身からなのか、夕焼けからなのか分かりにくかったけれど、どちらにせよ、満更でもなさそうな顔をしていたからよしとしよう。

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