人と仲良くなるのは困難だけれど、人を好きになるのは容易である。私はその言葉を、言葉通りに実感した。 隣の席の阿部君に、恋をしてしまった。 会話をしたのなんて本当につい最近のことだけれど、何というか、自分が単純であることが分かったかもしれない。 ふう、と溜め息を落とした時、右隣の机に手が置かれた。そちらに視線を向けてみる。あ。 「阿部君、おはよう」 いつものように眠そうな半眼で、阿部君は席に着いた。そして欠伸混じりに私を見やった。口を隠さないところがまた、阿部君らしい。 「……はよ」 ぐしぐし。そんな音が何処からともなく聴こえてきそうだ。欠伸をした時に生理的に溢れた涙を、右手の甲を使って、阿部君は拭う。その仕草がまた犬のようで、しかし力加減がなさそうな大雑把で、私はどきどきしてしまう。 一通り涙を擦って消したら、阿部君はそのまま机に上体を預けた。両の掌だけを重ねた片腕に頭を押し付け、肩を大きく上下させる。眠そう。それしか思い浮かばない。 ぼんやりと阿部君を見詰めていると、彼の瞼がゆっくりと下がってきた。縁取る睫毛が阿部君の頬に影を作り、私の視線は無意識に下へ。無防備にも薄く開いた唇が、安心していると思わせる。 (……好きだ) ふと、感じるその言葉。一度そう感じてしまえば、私の心臓は柔らかく何かに包まれる。優しくて、温かくて、少し苦しい。しかしそれはあの言葉が私を支配しているという意味だと分かっているから、嫌でもふわふわした気持ちになる。恋をする、って恐ろしい。 完全に瞼を閉じた阿部君の背中が、小さく上下する。あ、寝てる。阿部君の中ではもう朝の会話はおしまいらしい。挨拶を交わしただけなのだけれど、私はもう満足だ。 隣の席とは言っても、毎日話すわけでもなければ毎日視線を合わせるわけでもない。放課後はまだ話したことがない。「ばいばい」の言葉もまだ交わしてない。アドレスなんて知らない。それでも、好きになるのは容易なのだ。 隣の席であれば嫌でも意識してしまう。かっこいい男子だったり、面白い男子だったり、話したことがなくてもちょっと好きかもなんて。阿部君なんて当てはまる人だと私は思う。 だから、私は阿部君を好きになった。中身で?いや、どうみても切っ掛けは外見にすぎない。 人は外見より中身だという言葉に同感を示していても、結局、好きになる為には第一印象になる外見も必要なのだ。 |