自分の家から徒歩五分の所にある普通のマンションの八階に行くのが、小学生の頃からの週間だった。

清々しく爽やかな青と緑に囲まれ、アスファルトからの照り返しに顔を顰める、そんな時期の休日午後。私は八階のとある扉の前に仁王立ちしていた。

問答無用にその扉を開けて殴り込んでもいいのだが、奴の面白い反応が見たいが為に人差し指をチャイムに宛がう。連打。ピンポピンポピンポピンポピンポーン。何度か繰り返してから一歩後退し、出て来るのを待つ。何やら部屋の方から怒声が遠目に聴こえてきた。お、と小さく声を洩らした瞬間目の前の扉が勢いよく開かれた。目を吊り上げた坊主が現れた。

「うるっせええええ!!」

片手に箸を持っていたのでお昼ご飯を食べていたんだなと思いながらも、私は訪れた目的を達成させようと立てた親指を真後ろに広がる青空へ向けた。

「遊ぼうよ」

私より背の低い坊主頭は一瞬目を丸くしたが分かりやすい溜め息を吐き出してみせた。こいつ絶対私の相手するのを面倒臭いと思っている。ざまあみろ、私はそれを狙っているのだ。

ねえ早く遊ぼうよと再度青空を大袈裟に指し示してみると奴は右手にある箸を注目を集めるように掲げた。青地の箸の先が濡れている。今日の天気から予測するときっと素麺だろう。

「俺昼食ってんだけど」
「うん、遊ぼうよ」
「え、話聞いてた?」

困ったように眉を顰めてゆっくりと私に言葉を投げ掛けてきた奴に私は間髪入れずにうんと頷いた。奴は昼食って来たのと問い掛けてきたから、私は素麺が食べたい気分なのにパン食べてきたと答える。すると奴は扉から丸見えの廊下を箸で示した。

「素麺、あるけど」

呆れたような、しかし優しげに笑っている花井に、私も笑って頷いた。

私は小学生の頃から花井と遊んだりするのが日課だったし、高校生の今でもそれが日課だ。しかし変わった事といえば、チャイムの押し方だろうか。後は奴の背が高くなっていたり、声変わりしていたり、部活が更に忙しくなっていたりくらいだ。他は何も変わらない。

私はとある休日の空が赤く染まる頃、八階の一角にあるあのチャイムに人差し指を宛がう。連打。ピンポピンポーン。二回押すのは私と奴だけの合図なのだ。

怒声は聴こえないけれどゆっくりと開かれた扉から覗いた奴に片手を上げた。

「花井、今日カレーでしょ?」

香ばしい匂いに包まれた花井はおおそうだよと頷いた。変わりのない短く刈られた頭を掻きながら右手で廊下を指差し、言うのだ。

「食う?」

私は笑った。

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