桜前線、無事に通過。何気無く辺りを見渡せば、何処もかしこも淡い桃色の花を咲かせている。 一年前の高校生成り立ての時期に見た桜は、凄く鮮明だ。義務教育を終え、高校生という新たな節目の始まり。そんな時に見たそれはとても輝いていて、自分を祝福してくれているのだとも錯覚した。 しかし、今はどうだ。 いつもと何ら変わりのない気持ちだった。第一グラウンドに咲き乱れる桃色に目が奪われることもなく、ただただ、ぼんやりと頬を机にくっ付ける。 中弛みの高校二年。まさにそれ。 野球部主将のままというのは嬉しいのだが、何せ全く変わりはない。変わったことを挙げるとすれば、一年生が入部したくらい。春季大会が近いとはいえ、気持ちが引き締まるのは部活中だけ。普段の、この勉強の間は、だらけている。 いや、授業はちゃんと受けているし宿題だって真面目に取り組んでいる。でも気持ちは単調すぎてつまらない。 「花井くーん、宿題見ーせーて」 「やだ」 「え、速答?」 この女の声にも変わりはない。のそりと上体を起こしてみる。目の前の席には、クラスメート苗字が座っていた。その手にはざら紙一枚。 「英語の宿題、やるの忘れてたー」 何が楽しいのか。からからと笑いながら紙を左右にひらひらと振る。そんな暢気なこいつとは一年生の頃からクラスメート続行中。従って、俺には分かる。 「忘れてくるのはいつもだろ」 そう指摘してやれば苗字は笑った。 「流石花井、分かってるね」 「つうか忘れてくるんじゃなくて、やってこないんだろお前は」 苗字は宿題の存在を忘れているんじゃない。意図的に忘れてくる。自分の力ではやらないのだ。何故か。面倒臭いからに決まってる。 苗字という女は極度の面倒臭がりだ。スポーツ大会やら文化祭やら、皆が盛り上がる行事に積極的に取り組まないような人間。言われたらやるくらいで、自分から出しゃばったりはしない。 そんなやる気とは離れた苗字は、何処か周りとは違う。大人っぽい……とは感じないが、きっと、高校生は何をすべきかを理解している。多分。 ……いや、だったら宿題してくるだろ。 「ちょっと花井、解き済みの宿題早く」 「ふざけんなよ。たまには自分でやりゃあいいだろ、何でもかんでも俺に頼むな」 そういえば、去年からこいつとは席が近かった気がする。今も現在進行形で目の前の席だし。それが種なのか、宿題といえば、俺。帰宅部のくせに野球部の宿題見んなよ。 今までもこんなことを思って宿題を渡さなかった時があったが、最終的には折れて宿題を渡すのが目に見えている。いや、見えなくても分かる。 溜め息を落としてから机の中に手を突っ込む。かさ張ったプリント類で分厚くなったクリアファイルを出せば、苗字は俺の筆箱からシャーペンを抜き取った。それくらい自分の使え。 「いや〜、本当、花井は優しいね!」 「無理矢理仕向けといて何言ってんだよ!出来ることなら見せたくねーよ、なんでお前に宿題見せたんだよ初対面の俺」 「面白いこと言うね」 「うるせー!」 プリントを探すのが面倒でクリアファイルごと苗字に押し付ける。苗字は嫌がることなく鼻歌混じりにそれを覗く。……一年の時の答案とか入れっぱなしじゃなかったよな? 「ちょっと待て、やっぱ俺が」 「あ、期末テストの答案だー」 タイミング悪い奴だな! 「二年なったんだから、これは置いてこなきゃ。花井って意外と適当なとこあるよね」 お前に言われたくないと思いつつ、答案を眺める苗字を見詰める。最後の期末テストは悪い点数の教科もこれといってなかったし、見られても害はない。まあ、そのにやけた面はむかつくけど。 「花井ってさ、むかつくくらい何でも出来るよね」 「は?」 むかつく繋がりで思わず聞き返す。苗字は全く同じ言葉を再度言う。大きな口で、滑舌良く。うわ、それバカにされてるみたいでむかつく。 頬杖をついて睨んでみたが苗字はそれに気付いていないようで、答案を見ながら右手をぱあに開いた。 「運動出来るし、勉強出来るし、社交的だし、背高いし」 言いながら一本、一本と指を折っていく。あれ?もしかしなくとも俺、誉められてたりするのか? 思っていなかった展開に目を丸くしていると、最後の小指までもが折られた。 「あと、お母さんみたいだし」 意味が分からない。それ以前に、呆れた。思わず自分でも深すぎると感じるくらいの溜め息を吐けば、苗字は不満げに口を尖らせた。 「何その態度。全然嬉しそうじゃない」 「どの辺が嬉しい要因?お母さんって……性別からして丸っきり違うじゃねーか」 しかし苗字はそれでもお母さんだよと力説してくる。お母さん、ね。普通に考えて嬉しいなんざ思わないんだけど。……というか。 「今から花井のこと、マミーって呼ぶね」 「ヤメロ!!」 変わりのない、日常並びにこの女。そんな面白味もない今日だけど、それはそれで、落ち着く。そんな高校二年生。 |