彼女は冗談を言うのが好きで、いつも周りを笑わせてくれる中心人物だ。

その冗談というレパートリーは数々あって、転けて怪我しちゃったから始まり宇宙人に会ったんだよと、日常から非日常まで多彩だった。

昨日は確か阿部に田島君と電話したら好きって言われたと楽しそうに笑っていた。笑みを湛えながら動く彼女の口元に阿部の瞳が一瞬揺らいだ気もしたが、いつもの如く嘘なんだろふざけんなよと彼女の頭をぐじゃぐじゃにかき混ぜた。

『うん、嘘』

鳥の巣のような髪型をした彼女が愉快そうに笑うと、阿部はフンと機嫌悪そうに鼻を鳴らす。そんなに怒らないで、いつもの冗談じゃないと彼女は言う。でも、その冗談は確かに心臓に悪い。阿部もそう思っていただろう。彼女にしては少し現実的な冗談だった。

冗談の話に出てきた相手が田島だという事もあるが、いつもの類いは自分の周りに関する事だからだ。相手は必ず架空の人物や宇宙人といった所なのに。固有名詞を出すの珍しいねなんて俺が勘繰るように聞いてみると、気分だよと彼女は笑う。君のいう気分はとても心臓に悪いんだ。

「水谷、おはよう」

そんないつもとちょっとだけ違った事があった翌日、彼女はいつもの調子で俺の肩を叩いてそう言った。ドキリとする。叩く加減を知らないからそれやめろよなんていう訳ではなく、ただ心臓に悪いからやめてほしいと思う。彼女に触れられた箇所から侵食されるように身体中が熱くなってしまうからだ。

しかしそんなふわふわした事を彼女に向かって言えるはずがないので、心の中でぐっと堪えるのだ。だから彼女は挨拶がてら俺を叩く事をやめない。

「朝から元気だね」
「そう?いつもこんな感じじゃない、私って」
「あれ、自覚はあるんだ」
「水谷失礼!」

ぷくりとわざとらしく頬を膨らませて口を尖らせる彼女はむかつくけど可愛くて仕方無い。さらっと恥ずかしい事をやってしまう彼女は彼女だから許される。何せ彼女の装備はぶりっこではなく調子者だからだ。

俺から三つ離れた後ろの席に鞄を置くと彼女は戻ってきた。そして俺の前の席に腰を落ち着かせ、俺と向かい合わせに身体を向けてきた。その席の奴はまだ来ていない。

「あのね、昨日、放課後に彼氏と手繋いで帰ったんだ」

頬杖をついて桜色の薄い唇が言葉を紡ぐ。勿論、彼女には彼氏なんていない。いつだったかは忘れたけど女の子に浮気したのと言ってきた時に彼氏の有無をその口が言っていた。

「彼氏いないじゃん」
「うん、いない」

やけにあっさり肯定してきた。そっか、やっぱりまだいないんだと嬉しくなる反面、素直すぎる声音に少しだけ不安を抱いてしまった。彼女が冗談ですと種明かしする時は大抵素直だけれど、時々その素直さがこわくなる。本当に、冗談なのかと。

「あのね、水谷」
「ん?」
「今のは冗談なんかじゃあないんだ」
「え」

どういう意味だ。彼氏と帰ったというのが冗談ではないという事?それともいないと言ったことが冗談だったのか?どっちにしろ俺にはダメージが大きすぎるよそれは。

「私の夢の話なんだよ!だから、冗談じゃなくて妄想」
「……あ、そですか」

彼女にも現実的な夢があるらしい。初めて知ったかもしれない。そうなんだ、彼氏と手繋いで帰るのが夢なのか。……何その可愛すぎる夢。

えへへと照れ臭そうに頬を赤く染めて笑う彼女を目の前にして、思わず俺も釣られて笑う。ああもう、いつも冗談ばっかなのに不意打ちで夢を言ってくるなんてずるい。やっぱり心臓に悪い。

ぎゅっと片手で握り締められた心臓の痛みがちょっと苦しいけどちょっと幸せで。彼女からふわりと香る優しい匂いに目を細めた時、彼女はそれでね、とはにかむように笑ったままいつも弧を描いている口を開いた。

「いつかは私にもはっきり分からないんだけどね」

それはいつもの冗談。そういつものように笑って素直に種明かししてくれたら、どれほどよかっただろうか。

「その夢、実現するかもしれないの」

いつものように、きらきらと笑って欲しいのに。嬉しそうにそう告げた彼女は、本当に幸せそうでふわふわとした柔らかい笑顔だった。



≫続きます

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