学校に戻ってきた頃には、もう昼時だった。身体を落ち着かせる為休んでから漸く昼休憩に入る。

「飲み物あるよー!」

篠岡のその言葉に皆こぞってベンチに走り出す。勿論俺もその中の一人である。近くに寄れば、苗字がコップに注いだそれを手渡してくれた。ありがとうと言えば、いつも通りに少し笑った。タオルで首を拭きながら俺は話し掛けた。

「試合、凄かったね」

そう聞くと、苗字はぱっと顔を輝かせてこくこくと頷いてきた。食い付き方が半端ない。

「野球って、間近で、見たこと……あんまりないから」
「中学に野球部あっても中々試合は観ないからなー」
「テレビの、中継は……観ないや」

野球部のマネージャーである事を不思議に思うくらい苗字は野球と今まで関わりがなかったのだろう。そもそも無理矢理入部させられたに近い状況だったのに、ルールを覚えて貢献しようとマネージャーをやっている。高校野球で一杯一杯だろう、苗字は。

コップ片手にジャグの周りでおろおろとしている三橋に気付き、注ぎなおしてこようと世話を焼く彼女の背中を見詰めていると、不意に田島が大きな声を出して皆の注目を集めた。

「昼コンビニ行く人ー!」

俺は弁当あるからいいやなんて沖と話す傍ら、水谷や栄口が行くと手を挙げる。コンビニって何でもあるから便利だけど、此所からだと行くのが面倒臭い。

すると田島達コンビニ組も同意見だったのか、代表で誰かが行こうという話になっていた。そうしてコンビニ組でじゃん拳をしようと手を出したその時、苗字が動いた。

「っ私、行く!」

え?と、そうぽかんと口を開けたのはほぼ全員。泉が苗字に言う。

「お前、昼?」
「う、ん」
「弁当って感じするけどなあ」

水谷がぽつりと意外そうに呟いたそれを聞いた苗字が、頬を赤らめた。

「……冷やし中華、食べ、たい」
「!持って来んの微妙だもんねーそれ」

ハハハとぎこちない作り笑いをした水谷が花井を肘でつつき、花井がそれを嫌そうに横目で見る。心なしか周りの空気がぽわんと温かくなったのは間違いではないだろうか。

しかしそんな空気に気が付く気配もない苗字は、私が行くけど自転車を貸してくださいと小さな声で頼む。逸早く反応したのは田島だった。

「んじゃあ俺も行く!水谷達何買ってくるのか教えてくれー」

先程彼女から返してもらったばかりの鍵に付いたキーホルダーをくるくると器用に回しながら苗字の手首を掴む田島。そんな田島の姿を見た水谷が待てと静止するよう手を伸ばした。

「田島じゃ危ないから俺行く!お前頼んでないやつ買ってきそう!」
「水谷だって似たようなモンだろ」

悪態づく泉に水谷が聞き捨てならないとでも言うように突っ掛かる。お陰で先程の空気も何もかも消えて纏まりのない雰囲気に、苗字がどうしたものかと慌て始めた。

するて花井が「お前ら煩い!」と一倍大きな声を出し、その場の騒ぎは少し静まった。ナイスだ花井。場の空気を確認した花井は田島の手から鍵を取り上げ、自分の自転車の鍵も鞄から出すなり入口に向かった。

「俺が苗字と行ってくっから、苗字に何欲しいか言え!」

花井なら田島や水谷のような心配もない。渋々といった感じではあったが、皆苗字にコーラだとか焼き肉弁当だとか、欲しい物をつらつらと言っていく。

しかし周りを囲まれて一斉に言われても、彼女は聖徳太子でも何でもないから覚えられる筈がないだろう。苗字は携帯を開きリスト作成をし始めた。

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