「三橋、ぶっ倒れんなよ」

学校に帰り練習をする為会場を出た時、阿部君にそう言われた。

「たっ倒れ、ない!よ!」

帰りも行きと同じでランニング。またあの人混みの中声を張り上げなければいけないのかと考えれば、恥ずかしくて死ねるかもしれない。でも声を出さなきゃ監督に怒られる。

(嫌だ、なあ……)

阿部君が嫌いだという口振りをする榛名さんと比べられたくない。あんな最高の投手が相手なんて、俺が勝てる訳ないじゃないか。

……それでも俺は、阿部君の言う通りに投げられる自信がある。阿部君がリードしてくれたら俺だっていい投手になれる。榛名さんとは、違う。大丈夫。阿部君が居れば。阿部君には、俺が投げる。

「三、橋君」
「っひい!?」

上から降りかかってきた小さな声に驚き飛び上がると、おろおろと慌てた苗字さんが目に入った。俺を呼んだのは、彼女だ。

「ごっごめっ……!」
「だっだっだ大丈夫!」
「……えっと、そろそろ、行くって」

田島君から借りているらしい自転車のハンドルを握りながら、ふらふらと視線を彷徨わせる。言葉通りに皆の方を見てみれば、軽くストレッチをしていたり、監督は自転車に乗っていたり。声出しランニング恥ずかしくて嫌だーなんて聴こえてもくる。

そんな光景を他人事のように見ていたが、俺もその中の一員だ。ストレッチも、声出しも、やらなければいけないのだ。なんか変な緊張が……。

ちゃんと皆に付いていけるだろうか。ちゃんと大きな声を出せるだろうか。ばくばくと主張し始めた心臓を抑えるようにユニホームの胸元をぎゅっと握り締める。

「……早く、学校に、帰ろう」
「!」

顔を上げれば、照れ臭そうに片手で髪の毛を弄りながらも俺を見据えようとしてくれている苗字さんが居た。

「練習、頑張、ろう。……三橋君っは、西浦の、エース……だもん」

西浦に投手は、俺しかいない。阿部君とバッテリーになれる人間は、今は、榛名さんではなくて俺。

……苗字さんも、俺をエースだと言ってくれた。見ていてくれた。それがどうしようもなく嬉しくなってしまった。

「おっ俺っ頑張る、よ!」

ぎゅっと拳を握り締めて真っ直ぐ彼女を見詰める。もしかしたら、苗字さんとしっかり目線を交わらせたのは、これが初めてかもしれない。そう思うくらい、彼女の丸くて大きな瞳は、太陽のように温かくきらきらと煌めいていた。

眩しすぎて目を逸らそうとしてしまったが、その眩しい瞳が細く三日月型に閉じられたことで逸らす理由はなくなった。

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