「お前、あんまへらへらしてんなよ」

ある日、委員会の集まりで放課後に図書室に足を運んだ時、榛名さんから唐突にそう告げられた。意味を理解出来なかった私はただ首を捻るだけ。


「どう、したんですか?」

理由くらい聞いてもいいだろうと絞り出したそれに、榛名さんは溜め息混じりに遣る気の無さそうな視線を掛けてきた。

「お前がそういう奴だって事は分かるぜ?」
「そ、そういう……?」
「誰にだって優しい」
「っ」

それは、私は、榛名さんに褒められているという事でいいのだろうか。委員会で知り合っただけの先輩にそう言われるなんて、思ってもみなかった。嬉しくて思わず表情筋が緩んでしまった。すると榛名さんの顔が険しく歪んでいくのに気が付いた。

「その顔」
「っえ?」
「誰にでもそんな隙だらけの緩い顔見せるから」

そこまで締まりのない顔を私は晒しているらしい。簡単に言うと間抜け面、しているのか?やだなあ。でも無意識のうちに表情を崩しているから、締める時のタイミングが分からない。

オンオフきっちり出来るように直せますかね?そう問い掛けると、その感じじゃ無理だろと返ってきた。……そうか、無理か……。

「あ、苗字」

表情に気を配る事って意外と難しいなあと思いながら、手元の紙をホチキスで留めていると、榛名さん以外の委員会の先輩から呼ばれた。

「えっと、なんですか?」
「この本何処にしまうか分かる?俺まだ把握出来てなくて」
「……委員会、後数回しかありませんよ?」
「だって本多くね?覚える方が無理あるだろ。それに、俺勉強で一杯一杯だし」

そう言ってきた先輩は確か頭の良い学校を受験する筈。そしてサッカー部の元キャプテン。素晴らしい才能を持ち合わせているようで少し羨ましく感じたが、頼まれたなら仕方無い。

私は席を立って先輩の手から本を受け取る。図書室で一番奥の本棚にある時代物のやつだった。じゃあ返してきます、と言うと肩を掴まれた。

「俺も行く!」
「わ、私一人で、大丈夫ですよ」
「ばっ場所覚えたいから!」

遣る気のある先輩。後たった数回しかない委員会の仕事を最後まできっちり遂げようとしてくれるその姿に、感心ばかりが募った。

先輩って真面目。そう呟いて溢れた笑みをそのまま洩らしてしまえば、目の前の先輩が妙に真剣な面持ちをして私を見下ろしていた。

「お、俺、苗字に話したい事あるんだ」
「は、はい?」
「だから、その……帰り、一緒に帰らないか?」
「……私に、ですか?」
「そう!お前にしか出来ない話!」
「ふへ、いいですよ」

私にしか出来ない話なんて嬉しい。もしかして私って意外と頼れる人間だったのかな?自分はてっきりとろくて頼りにならない奴だと思っていた分、そう言ってくれてテンションが上がってしまった。

とりあえず本返しにいきますかと、そう本棚の連なる場所を指差した時、私の目の前に大きな影が上から差してきた。驚いて見上げれば、榛名さんが居た。

居た、だけならよかった。それなのに、榛名さんの目は鋭く私を射抜くような冷めた色をしていた。ぶるりと身体が震えた時、その双眸に似つかわしい色を帯びた声音で言われた。

「むかつく。俺の話を聞けよ。なんでいつも周りばっか見んだよ、なんでいつも誰にでも笑い掛けてんだよ。なんでいつも、俺だけを見てくれねーんだよ」

榛名さんは勢いよく机に上がっていた自分の鞄を掴むなり、私にその大きな黒い背中を向けた。

「お前、嫌い」

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