苗字名前とは中学の委員会で二回被った、たった一人の後輩。 一回目の時は委員会が一緒だったただの名前も知らない一年。あいつとの記憶は全くないし、何より部活でいざこざがあった時期でもあり、委員会なんか顔も出さなかった記憶だけはある。 三年の時はシニアに入ってそれなりに野球の楽しさも思い出した。それでもやはり球数制限は必須で、隆也にも散々生意気も言われた。委員会も、ちゃんと、出た。夏休み終わってからだけど。 「榛名、今日は委員会出るだろ?」 飛び回るトンボがうざい秋の放課後。秋丸に強く詰め寄られて渋々頷くとすぐに引っ張られた。楽だと噂を聞いた図書委員だが、どうやら貸し出しをやらなければいけないらしい。でも一ヶ月に二回位回ってくるだけで他に仕事はないから、仕方無い。……と言っても、夏休み前まで一回も顔を出していなければ割り当てられた仕事もやっていなかった。 「あ、お前の仕事やってくれてた子にちゃんとお礼言えよ?」 「誰だか知らねーし」 「一年の苗字さん!去年も委員会同じだった人!」 「へーえ」 「……榛名が知る訳ないよなあ」 苦笑する秋丸の背中を蹴り飛ばしてやった。痛いと訴えかけてくる声が背後から聴こえたが無視して図書室に向かう。ああ怠い。早く終わらせて帰りたい。 「あっ秋丸さん、大丈夫、ですか!?」 「あ、苗字さん」 「ぐ、具合、悪いんですか……?」 「大丈夫」 小さなソプラノが混じってきた。か細い上途切れ途切れに紡ぐものだから、聞き取りにくくてむかつく。苛々する。よくそんなたどたどしい話し方の奴と話せるな秋丸はと思っていたら、突然秋丸から名前を呼ばれた。 「なんだよ」 面倒臭いと思いつつ振り向けば、秋丸の隣に女が居た。肩につかない長さの黒髪にきっちり着られた制服、おまけに頼り無さそうな顔付き。あのむかつく声の主はこいつしかいないだろう。 「この子だよ!苗字さん」 「は?誰」 「はあ!?さっき言ったばっかだろ、お前の仕事引き受けてくれた後輩だって!」 「……ああ」 俺がまじまじと見詰めると奴は目を逸らす。明らかに頼まれたら断れない真面目なタイプだ。恐がっているのか知らないが露骨にそう目を合わせてこないのいうのは、やはりむかつく。まあ、仕事やってくれてたのは感謝する。 「わざわざドーモ」 「榛名ァ!!」 「んっだよ、うっせえな秋丸!」 「ちゃんとお礼は言え!貸し出しも掃除も何もかもやってくれたんだぞ!」 「チッ」 舌打ちすると秋丸に睨まれた。しかも背後にどす黒いオーラを背負って。無駄に口煩い奴だな、小姑かよ。 頭を掻きながら取り敢えず秋丸がこれ以上騒がないようにしようと苗字に向き直って、思わず目を丸くしてしまった。そして秋丸が溢した。 「えええ、苗字さん……」 「す、すいませっ……」 笑ってやがる。口元に手を寄せ、目を三日月型に歪ませて堪えるように笑っている。 (……あれ?) なんか意外と可愛い顔をしている。後輩にこれくらいのレベルの知り合いがいたら、結構自慢とか色々出来そうだ。 「ありがとな、苗字」 最初はそんな見え見えな下心満載で近付こうとしたが、あの本当に嬉しそうに柔らかく微笑む顔を何度も目にしてしまえば……後は、もう言わなくても分かるだろう。 * 「よかったね、苗字さんに会えて」 「うるせえ!!」 ダウン中ににやにやしている秋丸にむかついて、本気でボールを投げてやった。 (試合にゃ勝ったし、あいつ等に今の俺を見せてやったぜ) |