監督が自腹で購入したプロテインの中の一種類のやつを試しに味見したが、かなりまずい。押さえ込められて飲まざるを得ず食道に通したが、なんだか食道を抜き取りたい気持ちだ。

篠岡から渡されたスコアに書かなければいけないのに、そんな気分も湧いてこなくて、スコア片手に腹這いに寝そべっていると、目の前にコップが置かれた。

「田島っ君、飲み物……」

そのまま顔を上げれば、しゃがんで俺を見下ろしている苗字が居た。置かれた白いコップには茶色の液体。ジャグの中身は麦茶か。

むくりと起き上がるのと同時に苗字がコップを持ち上げ、胡座をかく俺に近付けた。サンキューと言って受け取れば苗字は笑った。

(さっきの雰囲気と全然違うな)

麦茶を食道に流し込めば、あのへばりついていたプロテインの味はそれと共に腹の中にすとんと姿を消し去った。ふう、よかった。

「守備練、始まった、ね」

言いながらちょこんと隣に正座した苗字は俺にシャーペンを手渡してきた。俺は手元のスコアに二つの高校の名前と、アナウンスされる選手名を書いていく。

「9番ライトは……榛名」

アナウンスで流れた名前を復唱した時、苗字が肩をびくつかせて反応した。……ああ、こいつと話していた武蔵野第一の男はこの榛名か。

「榛名と知り合い?」

答えてくれっかな、なんて微妙な気持ちで言ってみたが、意外にも苗字は素直に答えてくれた。いや、頷いた。

話を聞けば榛名とは中学が同じらしい。中学が同じなだけで、苗字は帰宅部だからそんなに接点なんかなくないか?榛名はどう見ても野球をやっていた雰囲気がある。

「委員会っとか、毎年……」
「ああ、委員会で顔見知りなんだ」
「う、うん」
「あいつとなんかあったの?」

スコアに向けていた視線を苗字に注ぐ。苗字は俺に見向きもせず、ただぼんやりと遠くを見詰めていた。ほのかにそよぐ風に吹かれて黒い髪がさらりと流れ、太陽に照らされて艶々と綺麗な光沢が出来上がる。その横顔に思わず見入ってしまった。

「……榛名、さんは、私がっ嫌い」

はっとした時には、苗字は俯いていた。

「優しくて、笑わせてくれる……けど、時々、怖い顔っ、する……でっでも!本当に、優しいから……」
「ふーん」

苗字は榛名が苦手なだけで、嫌っているような節はない。それに、榛名も苗字が嫌いという訳ではなさそうだ。というか、嫌いならば他校なのにわざわざ話し掛けたりしないだろう。……だったら、榛名はなんで?

苗字と話していた時の榛名は楽しそうだった気がする。それに、阿部と顔を合わせていた時よりも表情の変化が多かった。結構、笑っていた。

「苗字は榛名をどう思ってんの?」

問い掛ける。苗字は見上げるように俺に視線を向け、控えめに告げた。

「……分から、ない」
「ほお」
「でも、西浦の方が、私はっ……好き」
「……そっか!」
「うん」

中学より高校が楽しいと言ってくれるなら、別に構わなくていいや。

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