武蔵野第一の二人がベンチに戻っていく後ろ姿を見ながら、ふと苗字の背中を見る。小さい背中が更に小さく感じた。

「……苗字って、さっきの奴と知り合いだったんだよな?」

隣に座っている泉からの問い掛けに、確信はないけれどそういう事だろうと頷いた。

「なんか、訳あり?」
「苗字のあの感じだと、会いたくなさそうに見えたけど……」
「…………元、彼氏、とかじゃ、ないよな?」
「「「え」」」

俺の発言に、近くに居る泉と水谷と沖が反応を示してきた。それはもうこれでもかと目を見開いて口もだらしなくあんぐりと。

しかしその大層な反応のお陰で、自分の先程の発言の意味に漸く理解出来てしまった。その時突然水谷が俺の腕を掴んだ。

「そっそれはないだろ!?ない!絶対、ない!」

物凄い剣幕に思わず仰け反ると次は泉にユニホームを引っ張られた。

「変な事言うんじゃねーよバカ!」

まさか沖まで……なんて思い奴の方を見たが、沖はこいつ等よりも断然大人で冷静だった。

「で、でも、あの人だと、別れたら一切関わってこなさそうじゃない?……それに、どっちかと言うと、先輩後輩みたいな」

水谷と泉の手がするりと離れた。そして逸早く冷静さを取り戻した泉が、肯定するようにそうだなと呟いた。

「メールがどうのとか言ってたな」
「……あ、じゃあ中学同じだったとか!?それしかないよね!」
「……水谷は何そんな焦ってんだよ」
「は、はあ!?焦ってなんかねーよ」
「あ、そ」

……なんだよ泉。別に。なんでそんな顔してんの。いつもだろ。不機嫌じゃん。不機嫌じゃねーよ!小声でボソボソしていた話がどんどん大きくなっていき、しまいには二人で掴み合ってなんやかんやと言い合い始めてしまった。微妙な喧嘩してんじゃねーよと口を挟んだが、今度は二人の矛先が同時に俺に向けられた。

「花井は何とも思わない訳!?あっ、た、たとえば、ほら、意外だな〜とか!」
「思ってねーだろお前」
「煩い泉!」
「なんでだよ!お前は悔しいって思ってんだろ」
「お、思ってない!」
「あの苗字に先越された、って意味なんだけど」
「え、そっち……はあああ!?だったら泉もだろお!」
「ふざけんなよ」

俺に向けられたと思ったが、再び二人でぶつかり合う。……何なんだよお前等、いい加減にしろよ煩いんだけど。

ギャーギャー言い合う二人に気が遠くなるような感じがして目を細めると、沖の笑っている声が聴こえてきた。

「苗字は人気だね」
「はあ?」
「女っぽいし、控えめで聞き上手だし。結構クラスの男子に名前聞かれんだよ」

その言葉に俺がそうなんだと相槌を打とうとしたが、横からあの二人がずいと沖に顔を寄せてきた。

「え、そうなの!?」
「あいつすげーな。……モテモテ?」
「さ、さあ」

一々二人に反応するのも面倒臭くなって溜め息を落としてから、俺は武蔵野第一のベンチの方を見詰める。

……苗字が、中学の頃にむかつくと言われた事があると、いつだか言っていた。そして苗字のおばさんのあの口振りだ。もし武蔵野第一のあの人に対するあいつの態度が本物であれば……そうだとしか思えないぞ。

(……まあ、相手は他校で苗字もあんな態度だし、もう会う事もねーだろ)

安堵したのか、先程の強張った顔は全くせずに監督と篠岡とで話している苗字の横顔を見て、会いさえしなければ大丈夫なのだろうと息を着いた。

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