「苗字、名前……です。えっと、よ、よろしく、お願いします」

教卓の横に立って顔を真っ赤にしながら言葉を紡ぐ女子。徐々に尻すぼみになっていくそのソプラノの声がひどく心地好いと思った。クラスの人達も聞き取ろうと静かに彼女に視線をやっていたが、それに居た堪れなくなったのか苗字は俯いてしまった。

「苗字は今までの中で一番照れ屋だなー」
「!」

豪快に笑う担任に俯いたままびくりと肩を揺らした。

今は入学式を済ませた翌日、一番最初の授業になっていたロングホームルームを使ってクラスの自己紹介をしているのだ。7組がどんな連中の集まりかを見定めて仲良くなれる人間を捜すのにもってこいのそれにワクワクしていた俺だけど、彼女の声を聞いた途端、今までのクラスメイトの自己紹介が吹っ飛んだ。要は忘れてしまった。

染めていなさそうな胸元まで伸びた艶やかな黒髪がゆらゆら揺れている。顔を隠す為に俯いているのかもしれないが、前髪から真っ赤に染まる顔が垣間見える。

指定の制服はないので、苗字は普通のカッターシャツの上から紺のカーディガンを着て灰色のスカートを穿いている。スカートの丈は膝上だが周りの女子よりは長めだった。真面目なんだろうなあ……。

「苗字は部活とか入るのか?」
「ま、まだ決めてない、です」
「中学では?」
「帰宅部で、あの、習字とピアノを、習ってました」
「やってそうだもんな」

字上手いのかなあ。楽譜なんてスラスラ読めるんだろうなあ。吹奏楽部っぽいけど帰宅部だったんだなあ。

俺は中学からやっている野球をそのままやろうと考えている。新設の硬式だと聞いたし先輩もいないだろうから、楽そう。少し考えが甘いのかもしれないけど、やっぱり野球が好きだ。
苗字は何かやらないのかな。マネージャー……は、あの感じだと無理そうだ。

担任からの質問を終えた苗字はそそくさと逃げるように教卓から離れる。ガタリ、と音を立てたのは俺の斜め前。苗字だ。

「苗字さん」

彼女の次に教卓の前に立った人の紹介を聞き流しながら何と無く声を掛けてみた。席に着くなり肩を揺らした彼女は、恐る恐るといった感じで振り向いてくれた。大きめのカーディガンを着ているが、身体の線が細そうだった。肩幅が凄く狭い。

「な、なんですか……?」

震えたソプラノが耳に溶け込む。雪のように真っ白な頬は赤みが差して、柔かな桃色。

「俺、水谷文貴。よろしくね」
「水谷、君」
「苗字って呼んでいいかな?」
「どっどうぞ」
「えへへ」

キョロキョロと忙しなく動く真ん丸の瞳に笑えば、苗字は不思議そうに首を傾げた。
しかし数秒後、彼女は俺に釣られたのか可笑しそうに小さく微笑んだ。

「……よろしくね、水谷君」

おどおどしているけど、意外にも会話が出来るなあなんて。

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