マネージャーとしての仕事も漸くこなせるようになってきた気がしてきた合宿半ば。千代ちゃんは志賀先生と買い出しで、私は一人洗濯をしていた。

部員分の洗濯量はかなり多いけれどほぼ機械に頼った私としては、一人で充分だ。干すだけを自分でやればいい。二つ分の籠に山盛りになったそれから一枚アンダーシャツを拾う。ほのかに香る柔軟剤の優しい香りにすうっと目を閉じた。

「何してんの」
「っひい!」
「ひいってお前……」

誰のだかも分からないアンダーシャツを抱き締めて上半身を後ろに向ければ、練習用ユニフォーム姿の阿部君が立っていた。

「一人で洗濯?」
「あ、うん……」
「ふーん」
「…………」

阿部君はそのまま地面に腰を下ろしてしまった。何か用事があるのかと暫く黙って彼を見ていたが特に何を話そうという訳でもないのか、ただぼんやりと空を仰いでいる。だからといって私から切り出すのも可笑しいし、ただ休んでいるだけなら恥ずかしい。私は上半身を正面に戻した。

(……これ、阿部君のアンダーだ……)

慌てて抱き締めていたそれを離したが、悟られないように平静を保ってハンガーに掛ける。

「今日の夕飯何?」
「えっと……生姜焼き、です」
「なんで敬語」
「す、すいません……あ!いや、何でもないです、じゃなくて……」

刺さるような視線に身震いする。阿部君ってなんか近寄りがたいというか、恐いイメージしかない。いつも怒鳴ってるし、三橋君とか……。

同じクラスなのに、思い返してみれば阿部君とは一番話した事がない。でも席も近い訳でもなく、何せ私の名前をマネージャーになってから知ったらしいと花井君に聞いた。

なんで私なんかをマネージャーとして受け入れたのだろう。声も大きくないし体も小さくて、力仕事なんて全く出来ないのに。それは頑張るしかないけど、私が思うに、阿部君はそんなもたもた頑張る姿を見てストレスが溜まるタイプ。なんで……

「お前結構気利くよ」
「!?」

心を読まれた!?驚いて振り返ると、阿部君はいいから洗濯しとけよと前を向くように促した。従う方が身のためだと大人しく干す事を再開する。

「仕事覚えんの早いし」
「……」
「野球のルールだって大体覚えたんだろ、お前」
「っ!」
(そ、それは私が千代ちゃんだけに頼ってきた内緒の……!)
「篠岡が言ってたけど」
「千代、ちゃん……」

笑顔で阿部君に話している姿が目に浮かんできて、私は溜め息を落とした。

野球の事なんざ知らない癖にあれよあれよという間にマネージャーになった人間が、こっそり勉強しているなんて知られても恥ずかしいだけだ。私の事をよく思っていない人からしてみれば迷惑以外の何物でもない。

「あ、べ君は……」

彼を目の前にしてはとても言えるような自分ではない為、背中を向けて仕事をしながら言葉を紡ぐ。

「そ、そういうの、って……迷惑、じゃない、ですか?」
「は?何が」
「え」

気の抜けたような声に反射的に顔を後ろにやる。だけど阿部君はそれに笑うでもなくただじっと私を見詰めていた。

「つうか、迷惑だったらお前今ここにいないから」

遠慮も何もない真っ直ぐな言葉に私は目を丸くした。……確かに、迷惑ならば私はここにいないかもしれない。阿部君ならやりかねない。邪魔だからと、迷惑だから来るなと、はっきり言うだろう。でも、ちょっと心が軽くなった気がしたぞ。

「……そっか」
「……何だよ、気持ち悪い笑い方しやがって」
「私、頑張る、よ!」
「……あ、そォ」

阿部君から言われると、なんか、凄く、嬉しいかもしれない。

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