監督達が戻って来た。その時には片付けはほぼ終わらせた状態で、監督が「利口だわ」と喜んだ。異常な程に笑みを浮かべている辺り、喜びは一つだけではなさそうである。そこで顔を真っ青にした苗字が遅れてやって来て、確信に変わった。

「名前ちゃん、マネージャーやるよ!」
「よっしゃ!!」

いの一番に田島が反応。俺の目の前に居る花井と水谷は顔を見合わせて笑っている。

「やっぱり青いよ!」
「ありゃ絶対実力行使されたな」
「巣山はどう思うー?」

急に二人が振り向いて驚いたが、ベンチの脇にひっそりとだがかなり目立つ甘夏蜜柑を指差した。

「グラウンド出る時百枝がそれ持ってってた気がする」
「マジで!?」
「……あいつ泣いたんじゃね」

げらげらと馬鹿でかく笑う水谷は置いておくとして、顔を真っ青にした花井に同情の視線を向けてやった。こいつは間近で手絞り見た後飲んだからな、苗字の気持ちがよく理解出来るのだろう。

「これからよろしくなー!」
「た、たじ、髪っ……」

動物を相手にするように苗字の髪をぐちゃぐちゃと掻き混ぜている田島が、苗字を引っ張って俺達の所へやって来た。田島の所為で苗字の頭が鳥の巣のようになっている。

「苗字、頭」
「っ」

指摘してやれば真っ青だった顔を真っ赤にして両手で頭を抑えた。なんか一々表情が忙しい奴だ。

「苗字も甘夏飲んだんだって!花井とおそろいー!」
「一言余計だっつの!……苗字、どうだったあれ」

花井がそう問えば、苗字は頭を抑えたまま再び顔を青くした。流石にそんなコロコロ変わる表情だと具合が悪いのかと心配になってくる。

ぐちゃぐちゃにされた髪を少しだけ手櫛で整えた後、苗字は両手を開いた状態で低めのガッツポーズのような腕の位置にし、開いた手をぎゅうと拳にした。監督の真似だ。

「甘夏、に、握り潰っ……!コップ、一杯!」
「感想は?」
「……酸っぱかった」
「え、飲んだ感想?」
「え?」

質問を投げ掛けた本人である水谷がまた笑い出す。確かに普通は手絞りについて見たままの感想を言う筈なのに、飲んだ味の感想とは……苗字は少し抜けた性格らしい。ていうか水谷煩い。

「ほらそこ、早く着替えてきなさい!部室の方でミーティングするから!」

監督の声に水谷と田島が反応して「はい!」なんて大きく声を張り上げながら走り出した。花井も二人に続いて行こうとしたが、くるりと振り返り苗字の頭を指差した。

「髪、まだ直ってねーぞ」
「!」

慌てて頭を触り始めた苗字を見て笑った後、花井もまた走っていく。俺も早く着替えてこなければ。

「……あ、取り敢えず苗字はベンチ座って待ってろ。多分篠岡が来るだろうから」

いきなり一人になって何をしたらいいか慌てそうだと思いそう告げると、苗字はコクコクと何度も頷いた。

「巣……山君、ありがとう」
「髪直しとけよー」
「!」

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