合宿までの練習も、漸く半分を切った。その間に俺は勿論、チームの仲も深まってきたと思える程、部活終わりは騒がしい。

「俺が運ぶよ」
「だっ大丈夫!水谷君、あの、着替えた……方が」
「だーいじょーうぶ!俺着替えんの早いから」

ミーティングを済ませた後、部員はトンボをかけたり、マネージャーは後始末をしたり。苗字はボールの入った籠を抱えた姿でベンチに向かって来た。篠岡はグラウンドに居るあたり、ボールを一通り集め終えた後だろう。野球部一小柄の苗字にはそれが凄く重そうに見える。ふらふらと覚束無い足取りだ。

そこに水谷が助太刀にふらりと何処からともなく現れ、籠を奪っていった。水谷は……今日はトンボがけ当番でないから別に何をしようが奴の勝手だ。

「なんか苗字見てると落ち着かないんだよなー」
「へ?」
「なんもない場所で転けたりしそう」
「っそ、そこまでとろくないよ!」
「えー」

水谷と苗字は席が近いからか、仲が良い。
見るからに大人しそうな見た目に似つかわしい性格を兼ね備えた苗字は、意外にもクラスに溶け込んでいる。あの感じじゃ嫌われてもおかしくないのではと思っていたが、どうやら苗字の反応が面白いとクラスメートが言っていた。

苗字自体人見知りな訳ではないようで、ただ緊張してあんな感じになるらしい。確かに、話し掛ければおどおどするもののよく笑う。

「苗字五時間目起きてた?」
「数学……うん、起きてた、けど」
「俺途中から寝ちゃって、ノート取ってないんだー」
「え、あ……か、貸す?」
「うん!今持ってる?」
「あ、じゃあ、帰りに渡す、ね」
「えへへ、よろしく!」

そういえば苗字は習字やってたって言っていた。字、綺麗なんだろうな。

(……って、俺はいつまでこいつらの話聞いてんだよ)

ふと気が付けば、いつの間にか俺はベンチに来ていた。水谷と苗字はベンチの端の方に座っている。

「持ってくれて、ありがとう」
「気にすんなー」
「あとは一人で大丈夫、だから、あの、着替え……」
「磨くのも手伝う!」
「で、でも、時間もあるし」
「平気だって」
「苗字の言う通りだぞ、水谷」

引く気のない水谷に困っているように見えて、思わず口を挟んでしまった。水谷は顔を顰めがら口を尖らせる。

「なんでだよーっ」
「今日いつもより終わるの遅かったから」
「尚更手伝った方よくね?」
「暗くなる前に苗字と篠岡帰らせた方がいいだろ。着替えてから手伝え」
「!着替える!」

花井も早く着替えろよー!なんて言いながら水谷は自転車を置いている方に走って行った。単純というか何というか。随分と水谷は好意的な性格だ。人としてその気さくさは見習うべきなのだが、奴の場合やりすぎではないか。

「面倒くさいな、あいつ」

ぽつりと呟けば、隣で苗字がクスクス笑っていた。

「水谷くんの、良い所だと思う」
「まーな」
「私は、すごく……羨ましい」

土だらけのボールを一つ取り上げながらの言葉に俺はつい「なんで」と問い掛けてしまった。……言いたくない事とかだったら、俺かなり無神経だよなこれ。

「幼い頃から、私、こんな感じなの。それで……中学で、む、むかつくって……言われて」

考えてみれば、苗字が先に口を開く所を見た事がないかもしれない。挨拶なんてコイツからされた事もない。……ま、それでも周りから気に掛けてもらえてるんだから、苗字はそれなりに良い待遇受けていると思う。コイツの生まれ持った才能なのかな。もごもごした話し方も聞き取ろうと真剣に耳を澄ましたり、おどおどした態度も面白くてついつい見たり。

やはり今もおどおどしている苗字を見て、そう思った。

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