有り触れた恋をする
 

仕事が終わり寮に帰るとまだ部屋は暗かった。寿さんはロケで遅くなると言っていたし、きっと音也も撮影が長引いているのだろう。相手がいつ何をしているのかを知りたいから、という理由でお互いのスケジュールは大体把握しているが、実際本心は音也の日程を前持って知っておくと安心するからだ。新婚の妻が旦那に「自分の物だ」と笑顔でネクタイを締める行為と同じような理由である。口には出さないが、きっと音也も同じだろう。音也が私以外の所に行く所も私が音也以外の所に行く所も今はまだ全く想像出来ないのだけれど。
手探りで電気を探して真っ暗な部屋に明かりを灯す。ぱちりと電気が着いた瞬間、パンッと乾いた音が響いた。電気の明るさに目を薄っすらと開けて音のなる方を見ると、先程まで頭の中を埋め尽くしていた人物が火薬の臭いが漂うクラッカーをこちらに向けて笑っていた。

「お誕生日おめでとう、トキヤ」

ぼうっと立ち尽くす私を見て楽しそうに笑った後、音也はクラッカーを投げ捨てて飛び付いて来た。自分とあまり変わらない身長の男が突然飛び付いて来たら当然バランスを崩すだろう。音也を受け止められなかった私は間抜けな声と共に後ろに尻餅を着いた。

「これは一体…?」
「誕生日おめでとうトキヤ!!」
「それはさっきも聞きました」
「へへ、何回でも言うよ。生まれてきてくれてありがとう、トキヤ」
「…ありがとうございます」

音也の飾らない素直な言葉は私の心に真っ直ぐ届く。前向きで明るい性格にはいつも救われてばかりで礼を言いたいのはこちらの方だ。普段は口に出来ない言葉も今日なら言える気がする。音也が私の上から離れる気配が一向にないので、腹を括って口を開いた瞬間、「あ、」と音也が何かを思い出したように立ち上がり台所の方へ向って行った。開きかけた口からさっきまでの覚悟が出ていってしまったような気分。安堵と後悔が混ざった複雑な気持ちを味わっていると、音也が手にピンク色の何かを持って戻ってきた。

「はい、誕生日プレゼント!」
「花束…ですか?」
「うん。トキヤってあんまり欲しい物とか無いでしょ?だから、俺がトキヤにあげたい物を買ってきたんだ」

手渡されたものはピンクで可愛らしい花が沢山詰まった花篭。甘い香りと目が眩むような鮮やかな色で、ふわりと体が宙に浮くような感覚に陥る。相手が自分の事を想ってくれたのならどんな物でも嬉しいが、正直音也に花束を貰うなんて考えた事も無かった。

「やっぱりトキヤ、あんまりピンク似合わないね」
「なっ、貴方がくれたのでしょう!だから似合う似合わないはどうでも良い事です。返せと言われても返しませんよ」
「あははっ、そんな事言わないよ。色よりその花を贈る事に意味があるんだから」

目線を私の手元に落とし柔らかく笑う音也を見ていると、見つめられているのは自分ではないにも関わらず心臓が煩くなった。それよりも、どうしてこの花をくれたのだろう。プレゼントなら普通はバラやチューリップなど有名な花を選ぶ筈だが、この手にあるのはアザレアの花だ。名前はそこそこ一般的だけれど、わざわざ誕生日に贈ったのには理由があるのだろうか。まぁ、音也の事だから花屋で見て気に入ったから、などという理由なのだろうが。
まじまじと花を見ていると、いつの間にか音也がテーブルに夕飯を並べていた。いつもより少し贅沢な料理を見ていると、何だか今日が特別な日のような気がして心が踊る。誕生日だから実際特別な日ではあるのだが、子供の頃から祝いの言葉は貰うものの近しい人間にここまで祝って貰う経験はあまり無かったから、なんだかくすぐったい気持ちになった。


毎回食事中はその日あった出来事を報告したり、お互いの演技や歌について話したりしている。それは今日も変わりない。新しい曲がどうだとか現場でこんなハプニングがあったのだととても楽しそうに話す音也を見て、こちらまで笑顔になった。ふと、こういうのを家族と言うのだろうかと思ったが恥ずかしくなってそれ以上は考えるのを止めた。例え本当の家族では無くても、音也と毎日こうやって楽しく食事が出来るなら何だっていい。

「その花ね、アザレアっていうんだよ。トキヤ知ってた?」
「当たり前です」
「ちぇ、なーんだ。でもアザレアの花言葉は知らないでしょ!」
「花言葉…ですか?」
「アザレアの花言葉はね、あなたに愛される幸せ」

そう言った後に音也は悪戯っぽく笑った。よく笑う音也の笑顔で、私が一番好きな表情だ。
どうしてこの花を私に贈ったのかは分かったが、何というか驚いた。音也が花言葉を知っていた事にも勿論驚いたが、一番は私の気持ちを音也が分かっていた事だ。音也とは違い気持ちを素直に口に出来ない私はあまり自分から好きだの愛してるだの甘い言葉は言った事がない。いつも音也に貰ってばかりだ。それなのに何故?

「トキヤが俺の事すっごく好きだってちゃんと知ってるよ。普段言葉にしなくても、トキヤの顔見たら分かるもん。いつも俺の事を自分の事のように考えてくれるし、俺の前だとよく笑ってくれるよね。俺、トキヤの笑った顔大好きなんだ」
「それは、貴方が笑うからですよ。私が笑顔になれるのは、音也が私を笑顔にしてくれるからです。というか、それ自分で言って恥ずかしくないんですか」
「は、恥ずかしくないよ!!だって俺の方がトキヤの事好きだし」
「はぁ?何を言っているんです。私の方が音也を想っているに決まっているでしょう」
「俺より少し年上だからって調子乗らないでよ!俺が世界で一番トキヤを好きなの!大好きなんだよ!愛してるんだ!例え世界中がトキヤを敵に回しても、俺だけはーー」
「あぁもう分かりました!分かりましたから少し黙ってくださいっ」

あまりにもストレートすぎる音也の言葉を無理矢理さえぎった。私の心臓は冗談抜きに今すぐ爆発してしまいそうだ。多分いま私はゆで蛸よりも真っ赤な顔をしているだろう。本当は私の方が好きだと、幸せなのは私も同じだともっとちゃんと伝えたい。何も言わなくても音也には伝わっているらしいが、それでもやっぱり大切な事は自分の口から直接伝えたいのだ。ゆっくりと音也と目を合わせると勝ち誇ったように笑っている。負けたようで少し苛立つと同時になんて恥ずかしい言い争いをしていたのだと笑い出してしまいそうになった。
こんなに素敵なプレゼントを貰ったのだから、私もお礼に何か返さなければ割りに合わないだろう。来年の音也の誕生日までなんて待っていられない。

「音也、黙って聞いてください」
「どうしたの?」
「私だって、世界で一番音也が好きです。大好きです。愛しています。例え世界中が音也の敵になったとしても私は絶対に音也の味方ですし、一生音也の隣に居ます」
「ちょ、何言ってるの恥ずかしいよ!」
「こっちはもっと恥ずかしいですよ!!」

軽く睨み合ってから二人同時に吹き出した。あぁ、なんて楽しいのだろう。食べかけの夕飯はもうとっくに冷めていて、そろそろ寿さんも帰ってくる頃だ。充分想いは伝え合った筈なのにまだ足りない。時間が有限だという事に寂しさを感じる。
音也の手が私の頬を包んだ。ギターに触っているせいか小さな豆がある、暖かくて安心する手。手の甲にそっとキスをするとくすぐったそうに笑った。次にお返しとでも言う様に唇に音也のそれが重なる。優しく撫でるようなキスが心地よい。
もうすぐ寿さんが開けるだろう扉を恨めしく思っていると音也がすっと立ち上がり鍵を掛けた。少し驚いた顔をしていると、音也は人差し指を口の前に立てパチリと片目を瞑ってみせる。いつもより大人びた表情にまた心臓が煩く高鳴る。ウインクを合図とするかのように二人ソファに雪崩れ込み、先程よりも甘く長いキスをする。今日だけは後先考えずに、ただ愛に溺れていたかった。

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タイトルはカカリア



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