ラブソングは期待していない
 

音←トキ/音翔表現あります


最近気付いたが、僕は結構前からトッキーに惚れているらしい。最初は可愛い後輩だったはずなのに、いつその気持ちが恋心になったのかはもう覚えていない。気付いたらトッキーの姿を探しては目で追っている。でも、そうしている内に気付いてしまったんだ。トッキーの視線がいつもおとやんに向けられている事に。おとやんのキラキラ笑顔を愛おしそうに、優しい瞳で見ている。
でもおとやんには恋人がいる。金髪でちっちゃくて可愛らしい、キラキラ笑顔のおとやんにピッタリな、キラキラした男の子だ。それはトッキーだって知っているはず。つまり、トッキーはおとやんに片想いをしているのだ。叶わない恋と分かっていながらも尚、おとやんを想い続けるトッキーが愛おしく思うと同時に、そんなトッキーに愛されるおとやんを少しだけずるいなあと思ったり。大人げないけれど、僕はおとやんに嫉妬しているのだろう。
片想いの辛さは知っている。どれだけ相手を想っても報われる事は無く、好きになればなる程自分で自分の首を締める事になるのだ。



人の居なくなったスタジオで、真面目なトッキーは台本を読んでいた。真剣な眼差しで、時折眉をひそめながら文字列を忙しく追っている。きっとまだ役の性格や考えを探している途中なんだろうな。いま話しかけるのは少し憚れるけれど、もう決めたんだ。

「トッキー」
「寿さん。お疲れ様です」
「はいはいお疲れ様〜! ところでトッキー、最近ずっと誰かの事見てるよね?好きな人でも出来たのかな?」
「……は? 突然何を言っているんですか」

明らかに動揺している。もう、トッキーは嘘が下手だなぁ。そんなんじゃトッキーの気持ち、もうとっくにおとやんにバレてるんじゃないの?まぁ、おとやんもだいぶ鈍いから分からないけど。もしかしたら、おとやんはトッキーの気持ちに気付いていないフリをしてるだけかもしれないね。
あーあ、それなら報われないなぁ。僕も、トッキーも。

「そんな事より、こんな所で油売ってないで早く次の現場に行ったらどうです?」
「僕の今日の仕事はさっきので終わりだよ」
「それならもう寮に帰ったら――」
「片想いってさ、辛いよね」

トッキーの長くてありがたいお説教が始まる前に言葉を遮る。もう少しおどけたように話すつもりが、自分でも驚く程に真面目な声が出てしまった。もしかしたら傷付けてしまったかもしれないと思い、恐る恐るトッキーの顔を見ると、視線がぶつかった。トッキーはまっすぐに僕を見ている。気まずさに今すぐにでも逃げ出したかったが、ダークブルーの綺麗な瞳に捉えられた僕の視線は逃れることが出来ずに、ただ吸い込まれていくような錯覚に陥っていく。
先に動いたのはトッキーだった。僕を捉えていたダークブルーは瞼の裏に隠れて、長い睫毛で飾られる。僕は呼吸さえも満足に出来ずにトッキーの瞼が開くのを待っていたが、先に開いたのは瞼ではなく唇だった。

「知っていますか寿さん。好きなものを嫌いになるのって、とても難しいんですよ」

そう言ってトッキーは泣きそうな、困ったような顔をして、自嘲気味に微笑んだ。しっかり者で強いトッキーが普段見せない弱い所。誰も知らない秘密を僕だけが知って嬉しいような、でも少しだけ後ろめたいような気持ちになる。
知ってるよ。だって今、僕は君と同じ気持ちだからね。片想いの楽しさも、嬉しさも、悲しさも、辛さも、全部トッキーが教えてくれたんだ。
ようやく満足に呼吸が出来るようになった僕はトッキーに掛ける言葉を探すが、沢山の嘘が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返すから思考を閉ざした。
ここはきっと、先輩として優しい言葉を掛けて背中をさすってあげなければいけない場面なんだろう。
でもごめん。ごめんねトッキー。

「じゃあ僕を好きになればいいんじゃない?」

背中に伸ばされる筈だった手はトッキーの腰に落ち着いている。僕より少しだけ背の高いトッキー。その少しの身長差をもどかしく思いながら首を伸ばして、形の良い耳に唇を近づけた。ゼロ距離で名前を呼ぶと、少ししてから朱に染まる。
トッキーの弱くて脆い所に、優しくて汚い言葉を投げかける。トッキーは今どう思っているんだろう。引いた?幻滅した?でもね、もう止まらない。
ぐっと腰を引き寄せると、されるがまま動じずに僕の腕の中に収まった。少し細すぎる腰に腕を回すと、もう少し肉も食べたほうが良いのではないか、と全く関係の無い事が頭に浮かぶ。そんな事を考えている間もトッキーは一言も喋らないし、本当に生きているのかと不安になるくらいに静かだ。
拒絶しないのは僕を受け入れてくれたからか、未だに現状を理解できていないからか。それとも、もうどうでもよくなってしまったのか。
もしそうなら、そうしてしまったのは紛れもない僕だ。
ごめんね、トッキー。

一方的に重ねた唇は何の味もしなかったから、きっとキスが甘いだなんてどこかのロマンチストの妄言だろう。それでも、この意味のない行為だけで心が満たされるから不思議だ。
この唇が離れた後の事を考えるのが怖くて、二人一緒にぐちゃぐちゃになって溶けてしまいたいと思った。

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