今から青春してきます
 

放課後の教室には青春の甘酸っぱさが溢れている。外から聞こえる運動部の声と一緒に夕陽の赤が差し込んで男女を照らす、横文字の携帯小説や少女漫画では定番の告白セットのような場所。これまた定番に手紙でここに呼び出された私は、これから何が始まるのかは大体予想は付くのだけれど名前も知らない男の子と二人きりというシチュエーションに少しだけどきどきしていた。呼び出した本人の覚悟が決まるまでの無言の空間だけは何度経験しても慣れない。大体、私は男の子があまり得意ではないのだ。
どうやってこの時間を潰そうかと思考を巡らせていると、ようやく相手の準備が整ったようで「あのっ、」と若干上ずった声で呼びかけられた。

「好きです、付き合ってください」

そして告げられる、もう何度も何度も聞いた言葉。大切で色々な思いの込もった言葉だし、口にするのにもとても勇気が必要なのを知っているから、聞き飽きた言葉、だなんて冷たい一言ではとてもじゃないが表せない。本当に大切な言葉。
影では色々言われているようだが、私は女神でも天使でもないただの人間だ。正直うんざりする時だってある。それでも、勇気を出して伝えてくれた相手に敬意を示しふわりと笑顔で応える。

「気持ちはとっても嬉しいです。でも、ごめんなさい。」

だって、この言葉が聞きたいのは貴方からじゃないの。


さっきの男の子は、私の返事を聞いて少し泣きそうな顔をした後、結果が分かっていたように「聞いてくれてありがとう」と笑っていた。とても優しい笑顔だった。私ではない、他の女の子と彼が幸せになれたらいいな、と心から思う。私もこの思いを伝えた時、あの人のように笑って同じ事を言えるだろうか。
二年生の教室の前を通ると、じろじろとおかしな視線を浴びせられるのであまり好きではない。でも、目的地はこの教室を通らなければいけないから歩くスピードをあげて俯きながら歩く。ねぇ、と知らない男子に声をかけられた気がしたが、気付かなかったふりをした。どうせヘラヘラしながら薄い声で薄い台詞を吐くのだろう。誰にでも声をかけて、心からそう思ってないにも関わらず好きだの愛してるだのと言う人は苦手だ。でも、そういう人はきっとまだ本当の恋を知らない人なのだろうから少しだけ同情する。
片想いでも、人を心から好きになるというのはとても良い事だと思う。毎日がこんなに楽しくて輝いていて、彼に出会わなければ見ることの出来なかった素敵なものが沢山見える。こんな美しい世界に気付かせてくれた事に感謝をしたら、また前よりも彼の事が好きになるのだ。

二年生の教室と化学室と化学準備室と、あと何に使われるのか分からない教室を通り過ぎて、学校の一番端にある階段を上がる。あと少しで彼に会えると思うと、自然に足取りも軽くなった。あと三段、二段、一段…。

「よう、遅かったな」
「ジャン!遅れてごめんね。帰ってても良かったのに」
「ばーか、そんな事するかよ」

持っていた携帯から顔を上げて眩しい笑顔をくれる彼は、私の片想いの相手、ジャン・キルシュタイン。
ジャンが隣をぽんぽん叩いて座るように促したので、少しどぎまぎしながらそこに腰を降ろす。ちょっと近すぎないかな、肩が触れたらどうしよう。そっと横を向いたらジャンもこっちを見ていたようで目が合った。想像以上の近い距離に目を逸らすことも口を開くこともできずにいると、携帯が何かを受信する音がしてジャンはそちらを向いてしまう。安心したようながっかりしたような、そんな気持ちだ。

「また告白されてたのか?」
「えっ」
「いや、今日来るの遅かったから」
「う、うん。そんな感じかな」
「モテるってのも大変だなぁ」

本当にそう思っているのか、ジャンは携帯をポケットに突っ込んで大きく伸びをした。ジャンだって結構モテるくせに、こっそり年上のお姉さん方に人気あるの私知ってるんだから。なんてこの前言ったら「モテてたら今頃彼女くらい出来てるわ!嫌味か!」と半泣きで叫ばれてしまったので言えない。でもねジャン。ジャンに彼女が出来ないのは、ジャンが一途すぎるからだよ。

「ミカサは?今週末映画に誘うって言ってなかったっけ」
「…エレンのお守りがあるから無理だってさ」
「それはまぁ何と言うか…ご愁傷様です?」
「うるせー」
「あはは、ちょっと私に当たらないでよお!」

入学式で一目見た時からジャンはミカサに惚れているらしい。その愛は相当なもので、積極的にアプローチしているにも関わらず今まで何度も振られている。それも、ミカサの口から出てくるのはいつもエレンの名前ばかり。元々エレンと仲の悪かったジャンは、そこも気に食わないのだろう。エレンとジャンは顔を合わせるとすぐ喧嘩をしてしまう。全く小学生のようだ。
ちなみに、私とジャンはエレンを通じて知り合った。友達の友達、というやつだ。今はちゃんと私の友達だ、って言える関係…だと思う。こうして毎週放課後に恋バナが出来るくらいには仲が良い。
エレンが関係しているからか、本当にミカサの事が好きなのかは分からないけれど、ジャンの目にミカサしか映っていないのは確実である。ミカサの事に全力で、周りを全然見ようとしない。ジャンを想っている人がこんなにも近くに居るっていうのに全然気付いてくれない。ジャンの瞳に私が映る事はきっとまだ、悲しいけどまだまだありえない。

「くっそ、高校生になったら自然に彼女が出来るもんだと思ってたのによぉ…あー彼女欲しー!」
「どうしてもミカサじゃなきゃ駄目なの?」
「…おう…まぁ、な。初恋なんだわ。初めて見た時からずっと好き。初恋なんだから、報われたっていいだろう。なぁ?」

それなら彼女が欲しい、じゃなくてミカサと付き合いたい、の方が正しいって。それに、私だって初恋だよ。純愛だもの、報われたっていじゃない。こうやってジャンがミカサの事を話す時は決まって優しい目をする。私はそんなジャンが大好きなのだ。好きな人が自分以外の女の子の話をする時の顔が好きだなんてね。

今までこんな気持ちになった事が無かったから、ジャンを好きだって自覚した時は困惑した。でも変な話だけど、その後から告白された時の断り方は優しくなったと思う。だって、相手がどんな気持ちで私に告白してくれているのかが分かったんだもの。私も、私に告白してくれた人も、誰かを好きって気持ちは変わらないでしょう。その気持ちを伝えられる勇気があるなんて、本当に尊敬しちゃう。私ならきっと泣いてしまうもの。

「こんな気持ちになるなら好きにならなければ良かったなぁ」
「そんな事言わないでよ。片想いだって結構楽しいじゃない?」
「なんだクリスタ。まるでお前も片想いしてるような口ぶりだな」
「まぁ、ね」
「うっそだろおい、お前が片想い!?お前に告られて断る男なんていないだろ」
「あはは、流石にそれは言い過ぎ。それにその人にはね、好きな人がいるの」
「そうなのか…。クリスタに想われるなんて、すっげぇいい奴なんだろうなぁ」
「うん。とってもかっこいいよ。かっこいいし、優しいし、一途で素敵な人。でも少しだけ鈍いんだ」
「そうか。お前なら大丈夫だって、だからそんな顔すんな。俺も頑張るから、クリスタも一緒に頑張ろうぜ!」

ジャンが頑張ってしまったら私がどれだけ頑張ってもこの想いが叶うことはないのだけれど。でも、私は別にジャンに失恋して欲しいわけではない。誰だって好きな人の悲しい顔は見たくないしね。だから今はまだ、ジャンにとって恋愛の相談に乗ってくれる女友達、そんなポジションで良いのだ。他の女の子よりはジャンの事を知ってるつもりだし、他の女の子より仲も良いと思う。今は少しだけ特別な位置にいて、優越感を感じられるだけで幸せだ。

「ジャンの今後の課題は、もう少し周りを見て行動することかな」
「なんだそれ」
「ジャンの事を想ってくれてる人に優しくしたら、きっと良い事あるよ」

なんてね。ちょっとずるいかな。でも、応援してるんだから少しくらいいいよね。私がジャンの事が好きだなんてあっちは全く気付いてないだろうから、この作戦は無意味なんだけど。

「なんだそりゃ。俺の事を好きな奴が居るなんて聞いたことねぇぞ。あ、それよりクリスタ。今週末映画観に行かね?」
「え、えっ?なんで私を…」
「ほら、ミカサと行こうとしてた映画のチケット。このまま捨てるのも勿体無いだろ?それに、お前にはいつも相談乗ってもらってるしな」
「あ、あぁ。そういう事ね!びっくりしたぁ」

私がジャンの事を好きだってばれてしまったかと思って驚いた。一瞬時が止まったように感じたくらい。この気持ちに気付いて欲しいと思う反面、今までの関係が壊れてしまったら…なんて最悪な事を考えてしまう。せっかく手に入れた最高のポジションを失ってしまうのは怖い。こうやって楽しくお話出来なくなる位なら、ずっとこっそり片想いしてた方がいいかもしれない。

「クリスタ?遊ぶだけとはいえ、やっぱり俺と歩くのは嫌か…?」
「ううん全然そんな事ないわ!勿論行くよ。楽しみにしてる」
「そうか、良かった」

友達として誘ってくれたんだから、変に勘違いしないようにしないと。頭ではそう分かっているけど駄目だ、やっぱり頬が緩んでしまう。どんな映画かな。ラブストーリーだったらどうしよう。それより、ジャンの隣を歩くんだからお洒落していかなきゃ!恋人同士に見えちゃったりするかな…なんてね。ああもう、考え出すときりがない。妄想が広がって顔が赤くなってしまう。この顔を見られる前に早くここから消えてしまいたい。

「あ、もうバスの時間だから私帰らなきゃ!誘ってくれてありがとうね、ジャン。楽しみにしてる」
「おう。またな、気を付けて帰れよ」


自然に会話が出来ていただろうか。にやついて真っ赤になった顔、見られてないよね。
この恋を諦めるつもりは無かったが、進展させるつもりも無かった。というより、二人で会話出来るようになるだけでもとても時間がかかったのだから、これ以上はもう進展出来ないと思ってた。週末の映画の事だって、あっちはそういうつもりで誘った訳ではないから進展したとは言えない。でも、二人で映画を観に行くなんて、まるで恋人同士じゃない。過度な期待はやがて後悔することになるだろう。分かっていたはずなのに、やはり舞い上がってしまう。恋愛相談をする相手から休日二人で遊ぶ仲にポジションが上がったのだ。テストで百点取った時の何倍も嬉しい。
デートじゃない、遊びに行くだけだ。遊びなんだから思い切り楽しむくらいは神様だって許してくれるよね?お昼を一緒に食べたり、ウィンドウショッピングをしたり、クレープを一口交換したり。それくらい普通の友達同士だってするよね?

私の片想いはまだまだ終わりが見えないけど、私の中でジャンの存在は日に日に大きくなっていく。告白なんて出来ないし今はまだそんな事する予定もないけれど、いつかジャンが私の事を見てくれたらいいな。


タイトルは魔女



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