夢うつつの如くでしょう
 

小さな林を流れる川辺に腰を下ろし、きらきら太陽の光を反射する水面にそっとつま先で触れると、想像以上に冷たくて気持ち良かった。続けてもう片方の足も入れ、足首の少し上まで水に浸かる。さらさらと草木を揺らすぬるい風に金色の髪の毛が揺れて、おでこに浮かんだ汗がつうっと鼻の横を流れ落ちた。それを拭う事もせずに黄瀬は、目の前でふくらはぎの半分くらいまで水に浸かった青峰が真剣な表情で岩をひっくり返すのを見ていた。

「ねぇー」
「んー」
「ここどこっスかー」
「んー」
「青峰っち!」
「てめ、あんま大きい声出すんじゃねぇ、ザリガニ逃げちまうだろ!!」

へー、青峰っちの中じゃ俺よりザリガニの方が優先順位高いんだ。そっかそっか。なんて心の中で悪態をついてみたが、悲しくなるだけだったから諦めた。青峰を真似て近くにあった石をひっくり返してみるが特に何も居なくて、ただ水底の砂を巻き上げ水が濁っただけだった。
一通り石の下を確認したのか、はたまた飽きてしまったのか、青峰はずっと曲げていた腰を反対の方向に曲げて先ほどの黄瀬の質問に「川」とそう一言返した。一方黄瀬はあまりにも質問してから答えを聞くまで時間差があり、それもとても素っ気ない答えだったので言葉を理解するまで少し間があった。

「川って、そんなの見りゃ分かるっスよ!俺が聞いてるのは何でここでデートしなきゃいけないのかって事っス!」
「涼しい所行きたいって言ったのお前じゃん」
「それはそうだけど、こんなの…」

今は中学最後の夏休み真っ最中だが、そんなの関係無しに毎日部活はある。帝光中学校のバスケ部は百戦錬磨を掲げるだけあって強い。だが、強いのは天才が揃ったという理由だけではなく、努力を怠らないからだ。
練習漬けの毎日だが、どういう理由か今日は休みだった。多分宿題を進めろという意味が込められた休みなのだろう。だが、今日を逃すと後はお盆一日位しか休みは無い。そんな大切な休みに黙って机に向かって居られる訳が無い。そこで黄瀬は青峰に声をかけたのだ。夏らしくプールにでも行きたいと、そう思って「涼しい所」と場所を指定したのだが。

そんな黄瀬の思いも知らずに、今度は魚取りに夢中になっている青峰。半ズボンの裾を濡らして忙しく動き回っている。

「青峰っちって実はでっかい幼稚園児なんスか」
「おーい聞こえたぞー」
「何でもないっスよー」
「待ってろ今そっち行く」

バシャバシャとわざと水しぶきをあげて歩く青峰。あれでは採れる魚も逃げてしまうのではないか。大体素手で魚が取れるのだろうか。頭上の太陽が容赦無く熱光線を浴びせてくるものだから、黄瀬は耐えきれず水に両腕まで沈めた。もっとも、浅い川なので手首のちょっと位しか水に浸からないのだが。
おでことうなじにくっついた髪の毛がうざったい。背中を流れた汗が少しくすぐったくて、嫌悪感を抱いた。


いつの間にか青峰はすぐ目の前まで来ていた。水でか、はたまた汗でか分からないが、タンクトップが濡れ肌が透けて見えるのがどうしようもなく色っぽい。暑さでやられた黄瀬の頭では、青峰に触れたいという思いを処理できずに自然に手が伸びた。思い立ったらすぐ行動、普段臆病な黄瀬には滅多に出来ない事だ。伸ばした右手が青峰の体に触れた時、ぼやぼやと靄のかかった意識の裏側でいつも触れたい時に触れられたら良いのにと思う。

「どうした?」

突然腰に触れられた青峰はいよいよ黄瀬が暑さでおかしくなってしまったのではないかと心配そうに尋ねる。それに黄瀬はなんと返していいか分からずにただ一言、何度も口にした言葉を吐き出した。

「暑い」

「どうした」「暑い」普通の会話の筈だが、何故だかとても奇妙な雰囲気が流れる。二人は煩い蝉の鳴き声に包まれて何処か違う世界に来てしまったような気持ちだった。
青峰が自分の腰辺りに触れていた黄瀬の腕を引っ張った。突然の出来事に案の定黄瀬の体は前にバランスを崩し、大きな水飛沫を上げて川に落ちた。短かい時間で頭が石にぶつかるのではと考え目を瞑るといつまで経っても衝撃は来ない。そっと目を開けると青峰が頭を支えてくれていた。礼を言おうと口を開きかけたが、目の前に広がっていた青空を青峰の顔で覆われていることに気付き口から出かけた言葉を飲み込んだ。青峰は一体なにを考えているのだろう。この状況じゃ俺は被害者だから礼を言う必要はないし、逆に謝罪を要求していいと思う。

「何するんスか」
「暑かったら水に入ればいいと思って」
「…この服高いんスけど」
「どうせ撮影で貰ってきたやつだろ」

実際その通りだから黄瀬は反論が出来ない。でも好きな人と歩くんだから少しでもお洒落したいと思うのは当然だろう。
押し倒される格好になった黄瀬は現実逃避をするように全く関係無い事を考えようと思考を巡らせる。青峰と目を合わせると反らせなくなりそうで怖かったのだ。だが、青峰は痛いくらい真っ直ぐに黄瀬の目を見つめる。目と目が合った瞬間、さっきまで煩く鳴いていた蝉の鳴き声が遠くに聞こえた。太陽の眩しさも光る水面も透き通る緑も忘れそうになる程に青峰で脳内が埋め尽くされる。少しずつ近付いてくる青峰の目に写り込んだ自分の見慣れた顔が、まるで別人のように思えた。
風が吹いたら触れそうなくらい近い唇にもどかしさを感じるが、それと同時に心地良いとも思う。ゆるやかに流れていく川の流れに身を任せると、このままずっと海まで流されていくような感覚に陥りそっと目を閉じた。

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タイトル魔女



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