美しく溶け合いましょう
 

玄関で内履と外履きを履き替えている時に初めて雪が降っている事に気がついた。少し開いた扉から朝の何倍も冷たい風が入ってきて頬をちりちりと痛めたから、顔をうずめるようにマフラーを巻き直す。後ろで同じように外履きに履き替えていた岩ちゃんも雪に気付いたようで、どうりで寒いもんだ。と肩に掛けたスクールバックを持ち直している。

「そういえば、天気予報のお姉さんが今日は初雪がなんとか〜って言ってたもんね」
「まじか、全然知らなかったわ。お前傘ある?」
「んーん。岩ちゃんは?」
「無いわ」

生憎いつもロッカーに置いている折りたたみ傘もこの前持って帰ったきりだ。せっかく岩ちゃんと相合傘を出来るチャンスだったのに残念。幸いあまり風はなく、上から落ちてくるだけの雪だから傘は無くても帰れるだろう。
玄関を出ると、外は思っていたより寒くて身震いした。両手をポケットに突っ込んで、先に行ってしまった岩ちゃんの背中をぴょこぴょこと追いかける。うっすら地面に積もった真新しい雪の上に残る岩ちゃんの足跡を踏んで歩く。歩幅が大きい岩ちゃんの足跡は俺の道を作ってくれているようだ。それなら、出来れば一緒に作っていきたいな、と思う。
もう高校も卒業するし初雪なんかではしゃぐ年齢ではないのだけれど、真っ白な地面と真っ白な自身の吐息と岩ちゃんで構成された、俺の視界に映る真っ白な世界はとても魅力的で、まるで天国のよう。今にも雪と一緒に曇天の空から天使が舞い降りてきそうだから、スキップで岩ちゃんの背中に飛びつきたい気持ちになる。でもこんな人通りの多い場所でそんな事は出来ない。はたから見るとただの同性同士のスキンシップにしか見えないのだからそこまで気にすることはないけれど、やはり少し気になってしまう。それに俺は我儘だから、抱きつくだけでは済まないかもしれないし。

ちょうど肩の高さにある塀に積もった雪を掴んでみる。冷たさに手先がじんじんと感覚を失っていくのが分かった。手のひらの熱で溶けてしまわないうちに両手で丸めたら、大きく振りかぶって目の前の名前を呼んだ。

「岩ちゃん!」
「あ?ばぶっ」

大成功。俺の右手から飛んだ雪玉は見事振り向いた岩ちゃんの鼻に命中した。抱き着きたいの我慢した代わり、これくらい良いでしょ?煩悩は雪玉と一緒に丸めて岩ちゃんにぶつけてしまえ。
肩をわなわなと震わせて怒りをあらわにする岩ちゃん。これはちょっとやばい…かも?

「まぁまぁ岩ちゃん。ただの雪合戦じゃん、そう怒らないで!岩ちゃんはカルシウムが足りないよ。俺の牛乳パン分けてあげぶほっ!!」

最後まで言い切らないうちに顔面へ飛んでくる雪玉。さすが元エース、とても痛い。

「ちょっと痛いじゃん!最後まで言わせてよ!」
「先に仕掛けたのはお前だろ」

実にその通りなのだが。顔の雪を払っていると岩ちゃんが新しい雪玉を作っているのが見えたから、またあの剛速球が飛んでくる前にこちらも雪玉を作って投げる。飛んでくる雪玉を避けて作って投げる、ただこの繰り返しなのになんだかとても楽しく感じるのは岩ちゃんと一緒だからだろうか。部活を引退してからこんなに動いたのは久しぶりだ。

気付くとかじかんだ両手は真っ赤で感覚が無く、額には薄っすらと汗が滲んでいた。それは岩ちゃんも同じのようで、肩で息をしながら空を見上げている。
そういえば、去年の初雪の日もこうやって雪合戦をしながら帰ったっけ。よく考えると一昨年も、その前の年も、毎年雪が降った日は決まって雪合戦をしながら帰っている。あはは、俺も岩ちゃんも昔から変わらないなぁ。冬だけじゃなく、思い返せば下校はいつも岩ちゃんと一緒だった。小学校の時は追いかけっこをしながら一緒に帰ったし、中学時代は好きな子の話をしながら帰ったっけ。高校生になってからは専らバレーの話ばっかりだなぁ。毎日一緒に帰るのが当たり前になっていたから、岩ちゃんが風邪で休んだ日の帰り道はとても寂しかった。もしかしたら俺が休んだ日も岩ちゃんは俺と同じ気持ちだったのかな。それは申し訳ない事をしてしまったと、心の中で謝った。岩ちゃんは強いけれど、寂しいのは誰だって嫌いだろう。

それにしても、どうして俺と岩ちゃんは毎日一緒だったのだろう。家が近いからだとか、幼馴染だからだとか、それだけではないはずだ。今なら恋人同士だからの一言で解決できるけれど、中学時代はお互い好きな女の子が居た。それに、俺にも岩ちゃんにもそれなりに友達は居たからその友達と帰る事も出来たのに。でも、今更岩ちゃん以外の人と帰る自分が想像出来ないのだ。

「なんで俺、岩ちゃんじゃなきゃ駄目なのかなぁ」
「そりゃあ俺がお前じゃなきゃ駄目だからだろ」
「…えへへ、そっかぁ。そうだね、うん。俺も岩ちゃんじゃなきゃ駄目だ」
「おう、知ってる」

今日の岩ちゃんはいつも以上にかっこいいなぁ。なんて、口に出したら照れ隠しに小突かれそうだからやめておく。でもこの気持ちを少しでも伝えたくて、目線少し下にある真っ赤で寒そうな手を掴もうか迷った。手を繋いだ事はあるけれど、手を繋いで帰った事は無い。行き場の無い右手をふらふらと宙に漂わせていると、ぐい、と強引に握られ岩ちゃんのコートのポケットの中に収まった。俺の大好きな岩ちゃんの手だ。俺の大好きなバレーボールを触っていた、暖かくてとっても優しい岩ちゃんの手に触れられるのがとても嬉しくて大好きだった。
どうせ大学も一緒だけれど、高校生として二人並んで歩くのはあと少ししかない。だからこんな些細な事でも大切な思い出になって、俺と岩ちゃんの未来を作る成分になるのだ。

「岩ちゃん、明日からは登校も一緒にしようよ」
「なんだよ急に。別に良いけど、起きれんのか?」
「う、 頑張ります…」
「毎朝迎えに行ってやるから、ちゃんと起きてろ」
「ほんと!?分かった!えへへ、やったぁ」


俺の青春はバレーに全力でそれ以外は疎かにしていた。別にそれを後悔してるわけでもないし、これからだってする予定はない。高校生活での思い出を聞かれた時、真っ先に仲間とバレーをしている所が頭に浮かぶ。とても楽しくて、幸せな思い出。
大学でバレーを続けるかどうかはまだ決まっていないが、大学に合格するまでの間、つまり今はどれだけバレーがやりたくても出来ないのだ。厳密に言うと、仲間を集めてバレーをする事は出来るが部活としてする事は出来ない。だから部活を引退した後は心にぽっかりと穴が空いたような気分で、自分がこれから何をしたらいいのか分からなかった。それはきっと岩ちゃんも同じだったんだと思う。そんな時に俺らは付き合った。

前から両想いだったのは二人とも気付いていたし、一度だけだけどキスをした事もあった。でも、俺はバレーと恋愛を両立出来る自信が無かったため岩ちゃんと恋人の間に線を引いた。岩ちゃんもバレーもどちらも大切だから、欲張ってその一線を超えてしまったら後々二つを失う事になってしまうのではないかと恐ろしかったのだ。
そしてバレーをやめた時、やっと選択肢はひとつになった。こんな言い方はしたくないが、俺はバレーが選択肢から消えたから残ったもうひとつの選択肢だった岩ちゃんを選んだのだ。バレーから離れてぽっかりと空いてしまった穴を岩ちゃんで埋めた、虫のよすぎる話かもしれない。でも、ずっと岩ちゃんの事が好きだったのは本当だから後悔も反省もしていないし、これでやっと岩ちゃんだけに真剣になれるのだからやっぱり間違った選択はしていないと思う。きっと俺はただ不器用だったのだ。
付き合ってからは毎日が新鮮だ。今までずっと一緒に居たのに、毎日新しい岩ちゃんを知る。 間にバレーを挟まず真っ正面から岩ちゃんと向き合えるのは初めてかもしれない。少しだけ緊張するけれど、それよりも嬉しいだとか楽しいだとか、そういった幸せな感情の方が何倍も大きい。自然と顔がほころんでしまう。
大学受験が終わるまでの短い間で、岩ちゃんに恋をしてから今までの分を取り返すように、岩ちゃんとの幸せで心を満たす事が出来るだろうか。そして、俺と一緒に岩ちゃんの心も幸せで満ちてくれるだろうか。きっとこんな短い時間では全然足りない。だからこれから先もずっと岩ちゃんで心を幸せにしたいと思う。俺は不器用な上に我儘で欲張りだから、ゆっくりでも大好きなものは全部手に入れたいし、最後には岩ちゃんと笑い合いたいのだ。

長々と考え込んではみたものの、これから先、大学に行ってバレーという選択肢がまた増えた時に結局俺はどちらを選ぶのだろう。そんなのはその時にならなければ分からない。それなら今は今好きな事だけを考えていたい。そうやって意識を隣の岩ちゃんに向けた。右手の暖かさが心に染みて、一人ではない事を再確認できる。そうだ、バレーも恋愛も一人じゃ出来ないし、もうどちらも捨てる事なんて出来ないんだ。だから、これからは岩ちゃんと二人で欲張りになろう。答えは案外簡単で、近すぎて気付かなかったようだ。

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タイトルは魔女



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