承花
 

生存院


旅から帰ってきて、僕の体調もすっかり回復した頃。二人きりの病室で承太郎に告白された。
一言、僕がお見舞いに貰ったチェリーを舌の上で転がしていた時ふいに、「好きだ」と。どこが好きだとか、いつ好きになっただとかそういう事は一切言わなかった。ただ一言だけだった。そんな彼に僕も一言「僕も好きだ」と、そう返した。
承太郎はとても綺麗に唇で弧を描いた後、トレードマークの帽子を深く被って表情が見えなくなる。煙草を咥えた所にすかさず病室は禁煙だと伝えたら、ちらりとこちらを見た後出て行ったっけ。今思うと、あれは承太郎なりの照れ隠しだったのかもしれない。
窓が開けっ放しだった病室に吹き込む風はまだ冷たくて、僕の真っ赤に火照った顔を冷まして冷静にしてくれる。でも、承太郎の帽子の下も同じく真っ赤だったのだろうかと考えると、もっと体が熱くなった。

しかし、あれからしばらく経つが、僕たちの関係は確かに両想いではあるけれど友達止まりだ。



「何か食ってくか?」

急に承太郎が立ち止まって振り向いた。今日は約半年ぶりの学校で心身共に疲れてしまったから、家に帰ってゆっくり休もうと思っていたのだけれど。でも、甘い物で疲れを取るのも良いかもしれない。それに、こうして二人でゆっくり出来るのも久しぶりだ。

「うん、そうだね。少しお茶でもしていこうか」


目の前で紫煙が宙をたゆたう。灰を銀色の皿に落とすたびに短くなっていく煙草を、承太郎が口に運ぶ様を見るのは飽きない。さらさらと一定の量流れ落ちる砂時計を見て飽きないのと同じ。綺麗なんだ、承太郎が煙草を吸う姿は、砂時計の砂みたいに。少しだけの儚さを感じる。
本当は未成年なのだからと注意をしなければいけないのだが、もう少しこの様子を見てからでも良いだろうと思ってしまう。こんなに格好良くて、綺麗で、いっそ神聖にも見える行為なのに。実際は彼の肺を黒く染めるだけで、良い事なんてひとつもないんだ。

聴いたことのないマイナーな洋楽が静かに流れる店内には、放課後だというのに僕たち以外に学生は見られなかった。もしかして良い穴場を発見したのではないか?コーヒーもケーキも美味い。ただ、チェリーの乗ったパフェがメニューに無いのは少し残念だな。

「花京院」
「なんだい?」
「好きだ」

飲んでいたコーヒーが喉にむせてしまった。小さく咳き込んだ後、少しぜえぜえする喉を気にしながら何でも無い風を装って尋ねる。

「…急にどうしたんだい?」

気を取り直そうと口に運んだケーキがやけに甘く感じるのは、コーヒーを飲んだ後だからだろうか。

「別に、ただ言いたくなっただけだ」

こんどはケーキが喉につっかえてしまいそうになって、慌ててコーヒーで流し込んだ。心臓に悪い奴だ、どうしてこう恥ずかしい事をさらりと言ってのけるのだろう。僕はもっとゆっくりケーキを味わって食べたかったのに、承太郎のせいで後はもう苺しか残っていない。
だいたい、こういうピンク色の甘いムードになるのは付き合ってからじゃなきゃおかしいだろう。僕たちはまだ友達以上恋人未満という関係だ。

「この前も言った通り、僕も君の事が好きだよ。でも、こういう事をするのは恋人同士になってからじゃないかな。僕たちは付き合っているのかい?」
「違うのか?」
「えっ?」
「付き合っていないのか?両想いだろうが」

ちょっと待て、こいつの言っている事は大体分かった。分かったけれど、理解は出来無い。どういう思考回路をしているんだ承太郎は。

「だって、君はまだ僕に好きだとしか言っていない」
「他に何を言って欲しいんだ?」
「言って欲しいっていうか、付き合うなら『付き合ってください』と、一言そう言うべきだろう?」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事って君ねえ!」

なんだってこいつはこんなに言葉足らずなんだろう!いつも女子に囲まれているくせに、そんなに恋愛事には興味が無かったのか?ってくらい鈍い。いつもはあんなに鋭いのに、こっち方面は全然駄目なのだろうか。いや、僕が言えた立場じゃあないけれど…。
でも、そんな承太郎が僕を好いてくれたって事が嬉しいのだ。承太郎を取り巻く沢山の女子の中から僕が選ばれたなんて思うと、嬉しくない筈がない(まぁ、僕は男なのだけれど)。

「花京院」
「なんだよ」
「俺と付き合ってくれ」
「…あぁ、勿論だ。よろしくお願いします」

やく五十日間ものあいだ寝食を共にして、一緒に命をかけて戦ってきたのに、僕たちが知ったのはお互いの戦い方やスタンド能力ばかりだったのだ。あの承太郎が恋愛方面に疎いなんて知らなかったし、きっと承太郎だってこう見えて僕がロマンチストだという事を知らないだろう。
これからはお互いの好きな食べ物とか、嫌いな教科だとか、そういった事を知っていきたい。 さぁ、まずは僕の好きな所から尋ねよう。



あなたが好き。あなたの全部が、死ぬほど好き
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