荒新
 


成人設定



「この部屋のカーテンはただの飾りだな」

 連絡もなしに突然部屋に戻って来た靖友の第一声に俺は反論できなくて、口元だけ歪めて弱々しく笑った。だってその通りだ。窓から見えるのは窓枠に収まりきらないビルと、円になりきれていない月。ビルにくっついたたくさんの窓はまばらに眩しく光っている。なんのビルかも知らないけれど、こんな時間まで働かされるなんて大変だなぁ。
 俺が何も言わないのが気に食わないのか、眉間に皺を寄せて心底嫌そうな顔をした靖友は黒いカーテンでビルの光を隠した。

 カーテンを閉めて外の灯りをシャットアウトしてしまえば、途端に俺はこの部屋ごと世界から切り離されたような気持ちになるから嫌いだ。

「その歳にもなって暗いのがコエーとか言わねぇよな」
「はは、まさか。 でも、寂しいな」
「暗いのが?」
「うーん、そんな感じかな?」
「はっ、なんだそりゃ」

 靖友が居ない部屋が寂しくて、怖いんだよ、きっと。 カーテンを閉めてしまえば、この部屋に俺がいるかどうか、外からじゃ分からなくなるだろう?靖友はそれ、寂しくないのか? 言葉にしなくちゃ俺の気持ちは伝わらないって分かってはいるけれど。でも、これは伝わらなくても良いかな。だって、格好悪いだろ。女々しい奴だって嫌われるのが何より怖い。靖友がこの部屋に戻って来なかったら。なんて、考えるだけで死んでしまいそうだ。
 
 パチリと音がして部屋の中が一気に明るくなった。少しだけの眩しさにくらくらして、電気をつけた荒北の溜め息で現実に戻る。真っ暗な夢を見ていたような気持ちだった。

「メシまだだろ? どっか行こうぜ、腹減った」
「こんな時間に?」
「助手席、乗せてやるよ」

 にやりと笑った靖友は昔のままだった。昔っていつだろう。俺たちいつから会ってなかったんだろう。靖友、免許とったんだ。
 今まで何をしていて、誰と、どこに寝泊まりしていたのか。聞きたい事は山ほどあったけれど、上唇と下唇が縫い付けられたみたいにくっついていた。
 せっかく付けた電気をもう一度消して、暗い部屋を後にした。カーテンは閉めたまま、もうここには戻れなくて良いと思った。





 靖友の車は靖友の匂いがする。食べたい物はと聞かれたけれど、特に腹も減っていなかったため首を横に振った。ずっと前を見ている靖友にそれが見えたかは分からないけれど。

「おまえ、免許は?」
「うーん……自転車の速さとか、気持ち良さとか、知っちまったからなぁ」
「俺だってそうだ。でも、車も案外いいモンだぜ」
「例えば?」
「雨に濡れない」
「はは、そりゃいいな」

 だろ? 目を細めながらハンドルを切る靖友はかっこよかった。
 運転席の窓からタバコの煙が夜に溶ける。暗い車内は怖くない。靖友が居ない夜は怖い。つまりはそういう事だろう。
 靖友の口元から奪ったタバコを咥えてみても、靖友がどこを目指してハンドルを握っているのかは分からなかった。ただただ苦くて不味いばかりの煙を吸い込み自己満足に浸る。これ、靖友と間接キスだ。


薄く笑う夜空
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