ブチャジョル
 

ジョルノの独白


 冬の、雪が降る暗い夜は大嫌いだ。街の人々はみんな笑顔で、もうすぐやってくるイベントが楽しみで仕方ないらしい。僕はマフラーで口元を隠して、出来るだけ顔を上げないようにして歩く。今は誰とも話したくない。前の方から行きつけのカフェの店員が歩いて来たからつま先を見つめながら歩いた。すれ違った彼女は恋人と腕を組んでいて、僕にはちっとも気付いていないよう。それは望んでいた事の筈なのに、何故だか惨めな気持ちがした。

 誰もいない部屋にただいまを言うのはもう習慣だ。朝、誰かに会ったらお早うを言うのと同じ。当たり前の事。それなのに、たまにどうしてだろうと思う。僕のただいまを聞いている人なんてどこにもいないのに、どうして僕はただいまを言うんだ。お早うを言う意味を、不思議に思った事は一度もないのに。
 コートを掛けて、何も食べる気がしないからウィスキーのボトルとグラスをテーブルに置いた。オレンジ色の灯りがウイスキーをより輝かせる。電気は消した。僕の心と正反対に明るい部屋に苛立ったから。スタンドライトの光が届かない闇は、突然なにかが出て来そうでいつも目が離せない。例えばブチャラティの幽霊、とか。
 そんな子供みたいな事を考えながら、大人みたいにグラスに口を付けた。一度、これを飲むブチャラティを見た事があるんだ。目が離せないくらい横顔が大人だった。綺麗で、とてもかっこいい人だと思った。お酒を飲む彼を見たのはその一度きりだったけれど。あれから何年経ったのだろう。

「きっと僕は、これを飲むにはあまりにも子供だ」

 ブチャラティは、今の僕を見たら笑うだろうか。それとも、怒るだろうか。多分そのどちらでもない。「ボスの仕事は大変か?」「お前はよく頑張っているよ」「嫌な事なら酒でも飲んで忘れたらいいさ」ブチャラティはきっとそう言って、僕の背中を優しく撫でてくれるんだ。めいっぱい甘やかして、俺はここに居るよとキスをしてくれる。


 グラスの氷がカランと音を立てて、僕は夢でも覚めたみたいな気持ちだ。甘い言葉をくれるブチャラティも、甘いキスをくれるブチャラティも、こんな所に居るはずが無い。分かっている。なんとなく部屋の隅の暗闇から、暗闇と同じ色の頭をしたブチャラティが出て来てくれる気がしたんだ。それだけだ。

 あぁ、ブチャラティ。
 ブチャラティは僕を幸せにするって言ったし、僕はブチャラティと幸せになると言った。この約束がいつまでも僕を縛る。アンタは嘘が嫌いだったろう? だからもう僕は嘘を吐かないんだ。それなのにアンタが嘘を吐いて、ごめんも言わずに遠くへ行ってしまった。僕の幸せも一緒に連れて行ってしまった。
 一人で飲むお酒の味はどうですか?僕はこんな水、全然美味しいとは思いませんよ。だってとても苦くて、少しだけ涙みたいにしょっぱい味がして、こんなの一人で飲めたもんじゃあない。あなたも一人で僕の事を考えながら飲んでいるんですか?
 ねえ、声を聞かせてくださいよ。僕の名前を呼んでくださいよ。ジョルノと呼ぶアンタの声が、僕は大好きだったんです。

 部屋の隅はいつまで経っても暗闇のままで、僕の気持ちも同じように暗闇だ。瞼の裏側にブチャラティの姿を写し、寒い夜が明けるのを待つ。



この世界は息がしづらい
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