兎赤
 


 随分寒くなったもんだなぁ。木兎さんがそう呟いて、俺もそうですねと相槌を打つ。すっかり秋色の帰り道を、部活終わりの俺たちは二人並んで歩いていた。木兎さんは言葉とは裏腹に半袖を着ている。きっと小学校の頃は年中半袖短パンな子どもだったんだろう。学年に一人はいたよなぁ、そういうやつ。

「いつの間にか秋かぁ」
「俺、昨日は掛け布団をひとつ増やしました」
「あー、寒かったもんなあ」

 夏から秋に代わるのって多分、そういうの。半袖短パンで寝てたのが上下スウェットになったり。はしゃぎすぎた昼休みの後に、教室の窓を開けたら女子から寒いだのなんのとブーイングを言われたり。そういうの。
 隣であーとかうーとか唸っている木兎さんにコンビニに寄っても良いかと尋ねる。返ってきた答えはイエスだ。自分で言っておいてなんだが、今の時期に半袖を着ている木兎さんと並ぶのは少し恥ずかしいなと思った。

「木兎さん、寒いなら上着着たらどうですか?」
「いや、まだ大丈夫だ! 俺はまだ負けない!」

 いったい何と戦っているんだアンタは。めんどくさいからそんなツッコミは飲み込んで、コンビニの自動ドアの前に立つ。店内のぬるい風とおでんの匂いに、改めて秋を感じた。




 灰色でどんより重かった雲は、藍色の空で見えなくなった。俺はコンビニで買った暖かい缶コーヒーを、木兎さんは肉まんを、それぞれ口に運んで歩いている。木兎さんの左手にはピザまんとあんまんが入った袋があって、これを全部食べた後でもきっと、夕飯もぺろりと平らげてしまうのだろう。

「寒いならもっと思いっきり寒くてもいーのにな。雪が降るくらい!」
「やめてくださいよ。本当に降ったらどうするんですか」
「赤葦は寒いの苦手か?」
「まぁ、好きではないですね」

 へぇ、ふーん、そっかぁ。
 何故だかそわそわし始めた木兎さんを不思議に思いながら、それでもその訳を尋ねた所で明確な理由を聞けるとも思えないので知らないふりをした。
 途中、販売機の近くにあったゴミ箱に飲み終えた缶を捨てたら想像以上に大きな音が出た。静かな空気を切り裂くみたいに響いた缶と缶がぶつかる音に木兎さんの肩が大袈裟なくらい跳ねる。気まずくなった空気を、今度は木兎さんの声がふいに壊した。

「赤葦、寒い?」
「え? あぁ、はい」

 暗くなった空と比例して寒さも厳しくなった。秋の初めとは思えないような、まるで冬の入り口みたいな寒さ。

「じゃー、さ。手でも繋ぐか!」
「……はい?」

 ずいと差し出された右手と木兎さんの顔を、俺は交互に見る事しか出来ない。木兎さんの手はきっと俺より大きくて、きっと俺より暖かい。この手に触れた瞬間、触れた部分から全身に熱が走るだろうという事も容易に想像がつく。寒さなんて吹き飛んでしまうだろう。けれど、手を繋いで歩くなんて、そんなのはまるで……

「おかしいです、そういうのは恋人同士がする事でしょう」
「あ……そうか。そうだよな、スマン」

 しゅんと目に見えてしょげてしまった木兎さんを見て、なんだか胸が苦しくなる。別に、誰も手を繋ぎたくないなんて言ってませんよ。人の話はちゃんと聞いて下さいって、いつも俺言ってるのに。たぶん木兎さんは、その俺の言葉さえきちんと聞いていない。

「俺たちが恋人同士なら、手を繋いで歩いたって何もおかしくないですけどね」
「え? あ、赤葦、それって……!」

 仕方ないから少しだけ助け舟を出してあげます。俺も木兎さんも、この気持ちは同じなんだ。だから早く、俺のこの酷く冷たい手をどうにかしてくださいよ。木兎さん。


 その後は、木兎さんの支離滅裂な告白に俺は笑って頷いて、それから手を繋いで帰り道を歩いた。木兎さんの手はやっぱり暖かくて、子ども体温ですねって言ったら髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜられた。繋いだ手の暖かさと照れくさい気持ちが一緒になって、顔まで赤くなってしまいそう。今年の冬は、例年とは比べものにならないくらい暖かくなりそうだ。



アイラブユウとあなたとわたし
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