真東
 


 薄暗いバスの車内では、東堂と真波のふたりだけが息をしていた。いちばん後ろの座席に並んで腰掛けて、東堂はガラス越しに真波の顔をぼんやりと眺める。次の停車場所を知らせるアナウンスが、はやくボタンを押せよと東堂を急かした。

「東堂さん、寝てるんですか?」
「いいや、起きてるよ」
「次で降りなきゃですよ。 東堂さん、帰れなくなっちゃう」

 分かってるよと言いながら、東堂は窓から視線を外そうとしなかった。ふたりの両手は繋がっている。仕方ない人だなぁと真波は左手をボタンに伸ばした。

「今日は帰りたくないな」
「それ、暗い顔で言う台詞じゃないですよ」

 へらへらと笑う真波も、どこか悲しげな目をしている。いちばん後ろから見る薄暗い車内には停車のランプがまばらに光って見えて、真波はいつか東堂と見に行った灯籠流しを思い出す。あの時盗み見た横顔は灯籠の何倍も綺麗だったのに、今の東堂さんはこんなにも悲しそうだ。
 少しの衝撃と共にバスは止まった。空気が抜けるみたいな、独特の音に東堂は立ち上がった。はやく出ていけと言わんばかりに開いた扉に足を向ける。ずっと繋いでいた手はいとも容易くほどけてしまい、ふたりの手のひらにはじんわりとした熱と手汗だけが残った。

 じゃあな。
 それだけ言った東堂は、バスのステップを重い足取りで踏んだ。地面に足がついて、やっと冬の冷たさに気付く。運転手の真っ白い手袋がなんだか恨めしい。ふたりを離れ離れにしようとするもの、バスの運転手、このふたつはなんの関係もないというのに。
 冬の風は、頬と鼻先と離れたばかりの手のひらを冷やす。バスの扉が背中で閉まる音がして、何事もなかったかのように走り去る。最後まで振り向く事は出来なかった。


「東堂さん」
 聞こえるはずのない声が聞こえて、自分が嫌になった。

「東堂さん」
 やめてくれ。振り向かないぞ。振り向いたところでそこはもうただの夜闇で、バスなんていないし、当たり前に真波も居ない。

「ねぇ、こっち向いてくださいよ」
「ま、なみ……?」
「そうですよ、オレですよ」

 そう言った真波の声は本物で、振り向いたらそのまま抱き締められる。東堂は言いたい事がたくさんあるのにその中のひとつでも言葉にすることが出来なくて、ただただ真波にぎゅうぎゅうと抱き付いた。

「オレね、もっかい東堂さんと灯籠流しが見たくて」
「あぁ、そうだなぁ。あれは美しかった」

 俺もお前と見たいよ、と言った東堂に満足気に笑い、これからどうします?と真波は携帯をぶらぶらと振って見せた。東堂はどうしようなぁと言って、少しだけ冷えた手と手を繋ぎ直す。月が見えない寒い夜に、ふたりの足音だけが響いている。



かえれなくなっちゃったね
.



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