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あんたが好きでどうしようもないって話をしたい、今すぐ

 二学期になり、だいぶ生活が夏休み前に戻った頃。まだ夏の暑さは少し残っていて、熱のこもった教室に入ってくる風が気持ち良い。窓際でいちばん後ろの席という誰もが羨む席に座る俺は、その風を誰よりも近くで感じていた。
 水曜日の五時限目、今の授業は現国だ。チョークが黒板に文字を刻む音を聞きながら、頭の中はどうしようもなく木兎さんの事で溢れている。
 

 今日の昼は木兎さんと一緒に食べた。いつもはお互いクラスの友達や部活のメンバーと食べているのだけれど、今日だけは特別だった。特に理由も無いけれど、きっとそういう気分だったのだろう。特別な気分だったのだ。

 三時限目が終わった頃、木兎さんが俺の教室に入ってきた。俺を見つけると笑ってしまうくらい顔をほころばせ、ぶんぶんと手を振っていた。三年の木兎さんが二年の教室に来るのはしょっちゅうなので、クラスメイトはもう何の反応も示さない。
 「赤葦、なんか食いもん無い?」木兎さんの第一声がそれだ。

「あと一時間で昼ですよ」
「分かってるけど駄目だ!耐えらんねぇ!」

 持ってきたパンは朝練後に食べてしまったらしい。空腹で死んでしまうなどと嘆く木兎さんに、仕方なく「俺も何も持ってないですよ」と念を押しながらエナメルバッグを漁ってみると、底の方に飴がひとつ落ちていた。いつから入っているのかは分からないが、たぶん貰い物だろう。自分で飴を買うことなんて滅多にないし、買うなら飴より断然ガムだ。辛くてスースーするやつ。

「飴ならありましたけど、いります?」
「おい赤葦、飴玉ひとつで俺の空腹を満たせると思っているのか?」
「じゃあ無いです。自分の教室に帰ってください」
「うそうそ冗談だって! ありがたくいただきます!」

 そこで昼の約束をして、木兎さんはまた手を振りながら教室を出て行った。

 そして昼。珍しく屋上には俺たちふたりきりで、これじゃあまるで俺たち恋人みたいですねって冗談を言ったら、俺たちは恋人だろう、と木兎さんは少し不機嫌そうな顔。どうせ部活の時には元通りなのだけど、仕方ないから弁当の唐揚げで機嫌を直してもらった。それがよほど美味しかったのか、「赤葦ん家の弁当美味いな!」と今日いちばんの笑顔を見せた。この唐揚げが冷凍食品だという事は、面倒だから黙っておこう。

「あー美味かった。あと牛丼とか食いたい」
「そんな大きな弁当を平らげて、まだ食べられるんですか」
「最近すっげー腹減るんだよなぁ……成長期?」
「そんな事より木兎さん。あの飴大丈夫でした?」
「ん、まだ食べてない」
「はぁ?」

 木兎さんは制服のポケットに手を突っ込んで、まだ綺麗に包装された飴を差し出した。あの時腹が減ったと言ったからあげたのに、何故まだこの人の手のひらにあるのだろう。俺は意味が分からなくて、木兎さんの手のひらで転がる飴をただただ見つめる。

「あー、赤葦が食いもんくれるのって珍しいだろ? だからなんか、勿体無くってなぁ」

 あははと笑う木兎さんの馬鹿みたいな言葉に、俺はなんだか恥ずかしくておかしな顔をしてしまいそうだ。木兎さんと反対の方に顔をそらして、口元を右手の甲で隠す。が、すぐにこれではあからさまな照れ隠しだと思い、やめた。

「なんスかそれ。食べない方が勿体無いだろ」
「それは分かってるんだけどなぁ〜……」
「飴くらい、またあげますよ」
「ほんとか!? じゃあたーべよ」

 木兎さんは嬉々とした表情でピンク色の包装紙を開こうとするけれど、くっついていてなかなか開かない。一度溶けてもう一度固まったんだろうなぁ。やっぱり俺のいない所で食べてもらうんだった。

「なぁ赤葦……これいつからバッグに入ってた?」
「少なくとも夏休み中はずっと」
「お前!!」

 ようやく包み紙を開くと、そこには少しだけいびつな形の飴玉があった。ミルク味だろうか? そういえば見た事のない商品名だ。

「美味しいですか?」
「食う?」
「や、俺は……」

 断る前に木兎さんの手が俺の頭の後ろを掴んでいて、そのままキスをされた。突然の事に驚いていると、口の中に硬くて甘いものが転がってきた。

「ちょっと、何してんですか」
「味はどうだ?」
「微妙ですね。お返しします」

 今度は自分から口付ける。木兎さんの口内に飴玉を押し込むと、少ししてまた俺の舌の上に戻ってきた。ずっとそうしてキスをしていた俺たちに飴を味わう余裕なんてあるわけなくて、結局チャイムの音に焦って屋上を出た。


 最終的に、飴はチャイムの音に驚いた木兎さんが飲み込んでしまった。その時の木兎さんの焦った顔がたまらなく面白かったもんだから、今も思い出しただけで笑ってしまいそう。
 
 初老の教師は眠気を誘う声色で教科書を読み始めた。この席から見える範囲で、もう数人の頭は下がっている。成績は結構上位の方で安定しているし、授業中に寝るようなキャラではないけれど、そんな俺も流石に眠くなってきた。木兎さんはもう爆睡している頃だろうか。あんなにたくさん食べた後で、こんなに気持ちの良い午後なんだ。あの人が起きていられる訳がない。きっと今頃夢の中で牛丼でも食べているのだろう。その夢の中に、果たして俺はいるのだろうか。
 もし今瞼を閉じて、あの人の夢の中に入る事が出来たなら。それなら、教師が教科書を読み終わるまでの間だけ、寝てしまうのも悪くはない。

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タイトルはさよならの惑星


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