小説 | ナノ

弾む群青

学パロ


「夏は嫌い?」

 首を可愛らしく傾けたクリスタの問いに、俺は「そうだなぁ」とどっちつかずの返事を返した。アスファルトに落ちる自分の影を見てひと息ついてから、暑さに負けじと空を仰ぐ。
 
 夏は恐ろしい。笑いながら脳みそまでぐちゃぐちゃに溶かそうとしてくる太陽が嫌いだ。熱で頭がおかしくなってしまいそうだし、涼しいはずの夏服が汗で身体に張り付いて気持ち悪い。
 クリスタも恐ろしい。告白は彼女からで、それはもう嬉しかった。学園のアイドル的存在が、俺を好きだと言ってくれたんだから。だが、ミカサを諦められなかった俺はそれを断った。
 けれども、単純な俺はそれをきっかけに彼女が気になりはじめ、惹かれていき、いつの間にか恋人同士である。
 俺はいま、クリスタに惚れている。

「わたしは好きだよ、」

 夏。と言葉を続けたクリスタは、あの小さい体のどこにそんな元気があるのか、俺の少し前を歩いた。
 一歩踏み出すたびに控えめに揺れる、スカートの裾に目を奪われた。紺色のハイソックスと、同年代の女子より少しだけ長いスカート。そこから覗く膝裏は、穢れを知らない色をしている。頭がくらくらして、それはひどく目に毒だなと思った。


 付き合ってからのクリスタは日に日に可愛くなっていく。だから、俺の気持ちも日に日に大きくなってしまうんだ。俺の好きが、クリスタの好きを追い越してしまいそうなくらい。いや、もう追い越してしまっているのかも。
 恐ろしいな、本当に。人を好きになるのは初めてではないけれど、好きな人に好かれるのはこれが初めてだ。両想い、恋人同士、なんて幸せで安定した言葉だろう。でも、その安定感が時々恐ろしくなる。なんでだろうな、自分でもよく分からないけれど、ここからあと一歩踏み出したい。

 相変わらずのスカートと膝裏。クリスタの後ろ姿をぼうっと見ながら歩く。すると、彼女はふと立ち止まって振り向いた。こちらを見つめる大きな青い瞳に、先ほどまで俺が何を見て、何を思っていたかを見透かされてしまいそうだった。

「ジャン? はやく歩かないと、家に着く前に溶けちゃうよ」

 今日はこんなに暑いんだから、と顔の横で右手をぱたぱた扇ぐクリスタは、なんだか妙に色っぽい。
 「そうだなぁ」と返した俺の言葉には、少しだけ後ろめたい気持ちが混ざっていた。

「あー……俺ん家、寄ってくか?」
「えっ?」
「いやっ! ほら、今日は暑いし、ここから近いから……あ、あと、アイスもあるし!」
「ふふ、アイスなんて無くても、ジャンが良いならいつでもお邪魔するわ」

 女の子の笑顔は向日葵だと、一体誰が言ったのだろう。クリスタの笑顔はそんな乱暴に咲く花とは似ても似つかない。もっと上品に咲く花、例えるなら白百合だろう。ふわりと笑うその笑顔は、夏の幻覚なのではないかと錯覚してしまう。
 さらさらと夏風に揺れた金髪を気にする手は細くて白い。強く握ったら壊れてしまいそうだ。

「でも、やっぱりアイスも食べたいかも」
「はは、そうだな。 はやく帰ろうか」
 
 これから俺たちは、安定した現状を抜け出すことが出来るのだろうか。隣を歩くクリスタを思いながら、少し緊張してしまう。
 こうやって並んで、歩幅に気を使いながら歩くのがとても幸せな事のように思える。後ろ姿を見つめながら歩くよりも、ずっと幸せだ。

 汗ばんだ手と手を繋いで気分が高揚してしまうのは、この馬鹿みたいに暑い夏と熱いクリスタの体温。それと多分、俺の若さのせいだろう。

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タイトルはさよならの惑星

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