僕の隣で幸せが笑う
今日は授業が午前中で終わるのだと、仗助はかれこれ一週間前から浮かれている。そんなに学校が嫌いなのかと問うと、「露伴に会えるのが嬉しい」だなんて、恥ずかしげもなく言われてしまった。仗助の恥ずかしいセリフで僕がドキドキしているなんて。仗助のセリフよりそっちの方が恥ずかしい。
「放課後はいつもうちに来てるじゃないか。 僕に断りもせず、勝手にズカズカと家に上がり込んでくる」 「午前授業って事は、いつもより早く露伴に会えるって事っスよ!」
僕の嫌味を聞き流し、仗助はにこにこと笑みを浮かべていた。そんなに僕に会えるのが楽しみなのだろうか? 楽しそうな仗助を見るのは僕も悪い気分にはならないから、別に良いのだけれど。それに、口には出さないが、僕も仗助に会うのは楽しみなんだ。 今日だって、仗助が家に来ると分かっていたから少し高い紅茶を用意していた。まぁ、きっとこいつには高いお茶の味なんて分からないのだろうけど。
「そうだ、露伴もどうせ午後から暇だろ? 放課後デートしようぜ、デート!」 「……はぁ?」
放課後の訪れを知らせるチャイムを、僕は学校の校門に寄り掛かって聞いていた。はたから見たら、僕はまるで不審者のようではないか。あの日、仗助の勢いに負けて頷いてしまった自分が憎い。だいたい僕は、外へ出掛けるよりも、家でゆっくり映画でも観てる方が好きなんだ。何故せっかくのデートで人の多い場所へ行くのか分からない。 ぞろぞろと校門から出てくる生徒の中に独特の髪型を探しながら、もう帰っても良いだろうかと考えていた時、聞き慣れた声が僕の名前を呼んだ。この僕をこんなに待たせるなんて。来るのが遅いんだよ、全く。
上機嫌の仗助に連れられて来た場所は、がちゃがちゃと五月蝿いゲームセンターだった。漫画の取材で何度か来たことはあるが、来るたびに大きな機械の並びやクレーンゲームの中身がころころと変わるのは面白い。けれど、この耳を塞ぎたくなるような音だけは、やっぱり変わらずに五月蝿い。人々のざわめきと機械から流れる大音量が混ざった雑音が少し苦手だ。
「こんな所に何の用があるんだ?」 「え? ゲームセンターに来る理由なんて、ひとつしか無いじゃあないっスか」 「ゲームがこんなに沢山あるんだぞ? お前のそのひとつは一体何なんだよ」
入り組んだ路地裏を歩く猫みたいに、仗助は俺の手を引きながら慣れた足取りで人をかきわけ、その"ひとつ"へと向かった。 自然に手を繋いでいるが、仗助はさして気にしていないようだから僕も黙っておこう。周りだって、僕たちには全く興味を示さずに各々好きな事をしている。真面目な顔でクレーンゲームのガラスの向こうを覗いていたり、二人並んでレースゲームに夢中だったりと様々だ。あの小さい子供が叩いている太鼓のゲームは少し興味深いぞ。
「いやぁ、今日は人が多いっスねェ〜」
仗助が急に足を止めて、僕は少しだけ前につんのめってしまう。文句を言おうと前を向いたら、目の前には大きく女性の顔がプリントしてある箱が並んでいた。
「これか?」 「そう、プリクラ! 露伴も知ってるっスよね?」 「そりゃあ知ってはいるが……もしかして、二人で撮る、なんて言わないよな?」
僕がそう言うと、仗助は「何を言っているんだ」とでも言いたそうな顔をした。分かってる、こいつはこれを撮るためにここへ来たんだ。 どうして、こんなものに四百円も払わなければならないのだろう。はっきり言って無駄ではないか?何故カメラじゃ駄目なんだ。
「露伴、思い出っスよ、思い出」 「……はぁ。 分かったよ」
カラフルなフレームに縁取られた枠の中で、僕と仗助がいつもより少しだけ綺麗な顔をしていた。仗助の厚い唇は赤くて色っぽいし、僕の目は大きくてなんだか気持ち悪い。
「どうしたんスか露伴。もしかしてこっちのがよかった?」
手に持っていたプリクラを見つめる僕に、仗助は食べかけのソフトクリームを掲げて見せる。僕の食べているチョコレート味とは違う、ミルク味のソフトクリームだ。
「別に、そんなんじゃあないさ。ほら、次はどこへ行くんだ? ちんたらしてると夜になっちまうぞ」 「あんまりせかさないで下さいっスよォ〜。 まだ三時だから、ゆっくりしてても大丈夫っすよ」
そう言いながらも食べるスピードを速めた仗助を見て、僕も溶けかけのソフトクリームを舐めた。何度食べても同じ味、濃すぎるチョコレートに飽きてくる。とても美味しいとは言えない味だけれど、デパートの一角にあるソフトクリーム屋なんて、きっとどこも同じだろう。これなら隣のたこ焼きを買えばよかった。 口直しに仗助のを一口貰おうと横を見れば、ちょうど最後の一口を食べ切った所だった。タイミングの悪い男だ。
「この露伴、すっげぇ可愛いっスね! なぁ、これ鞄に貼ってもいいっスか?」 「この僕が『貼っても良い』って言うと思うか?」 「あはは、想像できないっスねェ」
もう何度も並んで歩いた帰り道を、僕と仗助は今日撮ったプリクラを眺めながら歩いていた。もう時間は六時を回っていて、辺りは薄暗い。人通りも少なくて、仕事帰りであろうスーツを着た男性と何度かすれ違うくらいだ。 遠くの街頭がチカチカと光って、家への道を照らしてくれた。もう夜か、夕飯は何にしよう。そういえば、こいつは家に泊まっていくのだろうか。もしこのまま真っ直ぐ家に帰ると言ったら少しだけ寂しい気がするから、プリクラの中の仗助にそっと尋ねてみた。今日は楽しかったんだ。僕も仗助と同じ学生だったら、毎日こんな日が続くのだろうかと思ってしまうほど。
こんなもの、ずっと金の無駄遣いだと思っていた。小銭を出そうと財布を開く手が、なんとなく重く感じた。百円玉を二枚、それを投入口に入れるのを渋るほどケチではないけれど、でもやっぱり、どうして普通のカメラや携帯のカメラ機能では駄目なのだろうと思った。プリクラの何倍も高い一眼レフカメラだって、僕は持っているのに。そう思ってた。 でも、今はなんとなく分かった気がするんだ。仗助が、思い出だと言っていた意味が。撮った写真に落書きをしていた時の事を思い出す。仗助の下手くそな字を笑ったり、漫画家である僕の落書きに仗助が目を輝かせていたり、カメラで撮っていたら決して体験出来なかった事ばかり。きっと、仗助はこれを伝えたかったのだろう。
沢山ある中で、ひとつだけ何の落書きもしていない写真を指でなぞった。写真の中では、僕と仗助がキスをしている。今更こんなもの恥ずかしくもなんともないけれど、間抜け面した二人がなんだか面白くて口元が緩んだ。 僕も、何か形に残したい。
「仗助、今日泊まってくだろ?」 「良いんスか?」 「あぁ。 今日は特別に、この岸辺露伴がお前の似顔絵を描いてやるよ」
紙とペンがあれば簡単に、でも僕にしか残せないもの。本当は僕がただ仗助を描きたいだけなのだが、今日は楽しかったから、そのお礼だとでも言っておこう。
. タイトルはカカリア様
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