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うつくしい心臓

「μ'sの曲、大好きでいつも聴いてます! 特に真姫さんの可愛くてかっこ良い所、憧れます!」

 朝、登校中にファンだと言う女の子から写真と握手を求められ、差し入れだとお菓子まで貰ってしまった。最近はこのような事も珍しくない。曲を褒められる事はとても嬉しいが、「可愛い」と言われるのはまだ慣れなかった。もっと可愛い人を知っているからだろうか。

「おはよう真姫ちゃん」

 後ろから声をかけられ、振り向くとさっきまで考えていた人物がはぁはぁと白い息を吐いていた。走って来たのだろうか。マフラーと同じピンク色の頬を見て、やっぱり可愛いと思う。

「おはようにこちゃん。今日は寝坊しなかったのね」
「いつも寝坊してる訳じゃないわよ! あれ、それどうしたの? お菓子?」

 あたしの右手にある白い箱を見て、目を輝かせる目ざといにこちゃん。箱から漂う甘い匂いでも嗅ぎつけたのだろうか。

「さっきファンの子に貰ったのよ。シュークリームだって言ってたわ。放課後、練習の後にでも皆で食べましょう」
「ちょっとこれ、新しく出来たケーキ屋の箱じゃない!? ここ、高いけど美味しいって有名なのよ」

 そうだったのか。食べ物にはあまり興味が無いため、そういった話には疎かった。でも、美味しい物も甘い物も勿論嫌いではない。皆で練習をする放課後が、シュークリームのおかげでますます楽しみになる。

「ねぇねぇ、ちょっと開けてみない?」
「ちゃんと朝ご飯食べてきたの? 別に良いけど、学校に着いてからね」
「食べてきたわよ! いいじゃない、今でも。少しくらい。ね、匂いだけ!」
「しょうがないわね……」

 スクールバックを肩に掛け直して、白い箱をにこちゃんに手渡す。特に断る理由も無かったし、有名な店のシュークリームがどんな物なのか少し気になっていた。

「わ、可愛い……」

 感嘆の言葉を吐き出すにこちゃんがとても珍しい顔をしたので、どんな物なのかと私も箱を覗き込む。真っ赤な苺がカスタードクリームの上にちょこんと乗っていて、生地の上には粉雪のような白砂糖が薄くつもっている。甘い香りに、私もにこちゃんも自然に頬が緩んだ。

「美味しそう……」
「あれ、でもこれ八個しか無いわよ」
「え?」

 一個、二個と指差しで数えるにこちゃん。私も続いて数えるが、本当だ、八個しか無い。

「あんた、まさか先に一人で食べたんじゃ無いでしょうねえ……」
「なっ、そんな訳無いじゃない! あの子、買い忘れたのかしら」
「そうね、でもそんな事どうだっていいわ。無いものはしょうがないもの。それより今は、このままじゃ誰か一人食べられない、という事の方が事件だわ……」

 うんうん唸って解決策を探すにこちゃんは、その容姿も相まって中学生のように幼く見える。こういう所を見ると、やっぱり可愛いなぁと思う。

「私食べないから良いわよ、別に。さ、早く行きましょ? 遅刻しちゃう」
「それは駄目よ。あんただって食べたいんでしょ?」
「別に……私は良いってば」
「大人ぶってんじゃないわよ。いつも自分が我慢すれば良いと思ってる。真姫ちゃんのそういう所、嫌いよ」

 嫌い。その一言が胸に突き刺さって、息が詰まった。何か言い返したいのに言葉は全部どこかへ消えてしまって、口から出たのは弱々しい「ごめん」の一言だった。
 にこちゃんは何も考えずに口にした言葉だったのだろう。大人ぶっていた訳ではないけど、自分が我慢すれば良いと、そう思っているのは事実だった。そんな私に対しての感情を口にするなら、きっとその言葉しか無かったのだ。自分を慰めているのか傷を抉っているのか分からない考えが頭の中を巡って、ついさっきの自分の言葉を取り消したくなる。
 そんなあたしの心情も知らず、にこちゃんは先程までの暗い雰囲気を無かった事にするように、いつも通りの明るい声で話す。

「そうだ、お菓子なんて無かった事にしちゃえば良いのよ!」
「どういう意味?」
「にこ達で全部食べちゃうの。そしたらお菓子の存在を知っているのはにこと真姫ちゃんだけ。ね?」

 確かに、それなら一人だけ食べられないという状況は避けられる。が、そんな事をして良いのだろうか。頭の固い私に、そんな事が出来るだろうか。

「皆には悪いけど、一人が嫌な思いをするより、二人が良い思いをした方が得でしょ? 朝から甘い物が食べたく無いんなら、にこが全部一人で食べるけど」
「……はぁ。太るわよ」
「う、うるさいわねっ! その分練習頑張るから良いのよ!」
「まぁ……いいわ、食べましょう」


 近くにあったバス停のベンチに座り、白い箱を開く。待ってましたとばかりににこちゃんの両腕が伸びてきて、シュークリームをふたつ掴んだ。

「こう、両手に甘い物を持って交互に食べるの。行儀が悪いって分かってるけど、一回やってみたかったんだぁ」

 独り言とも取れるにこちゃんの言葉にへぇ、と曖昧に返事を返えす。小さな口でシュークリームを頬張るにこちゃんの横顔を見つめながら、ポケットティッシュはあっただろうかと考えた。にこちゃんの口元にクリームがついているのだ。
 もしキスで拭ったらどんな顔をするのだろうと、馬鹿みたいな考えが頭をよぎる。驚いて泣くかもしれないし、恥ずかしさに顔を赤らめて俯くかもしれない。でもきっと、どんな表情をしてもにこちゃんは変わらず可愛いのだ。

 やっぱり、口元のクリームはにこちゃんが気付くまで黙っていよう。このままでは学校に遅刻してしまうから、ちょっとした八つ当たりだ。にこちゃんの事だから、もしかしたら学校まで気付かないかも。クラスメイトに指摘されて、羞恥で顔を真っ赤にしたらいい。
 どうしても緩んでしまう口元を誤魔化すように、シュークリームに一口噛り付く。甘いカスタードと少し酸っぱい苺が、なんだか私の気持ちみたいだ。

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タイトルはさよならの惑星

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テーマ「人外ファンタジー」
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