小説 | ナノ

好きの印をキスでして

生存ブチャラティ


「ブチャラティ、見てください」

 ある日ジョルノが、

「猫ですよ。ほら、にゃあ」

猫を拾ってきた。


 ジョルノのにゃあという声に続いてにゃあと鳴いたそれは、薄く灰色がかった毛の長い猫だった。目は海のように深くて青く、一見してみると血統書付きの飼い猫のよう。だが首輪の跡が無い所を見るとただの野良猫か、はたまた捨て猫のどちらかだろう。片方の耳が欠けているから、捨て猫だとしたらもう捨てられたのはずっと前か。
 まじまじ観察していると、ジョルノは何を勘違いしたのか「抱きますか?」と猫を差し出してきた。猫はジョルノに腕を掴まれて足をぶらぶらと宙に投げ出し、青いガラス玉みたいな目には俺が映っている。 そういうつもりでは無かったのだが、俺も猫は嫌いじゃあない。大人しく両手で受け取ろうと近付いたら、先ほどまで大人しかった猫は突然身をよじり、ジョルノの腕の中から飛び降りてしまった。俺もジョルノも突然の事に動けずにいると、猫は悠々とリビングまで歩いていく。その後ろには、小さな足跡が残っていた。


「すいませんブチャラティ。こいつが床を汚してしまって」
「なあに猫のやった事だ。気にする事は無いさ」

 猫はジョルノの腕から降りた後に家中を歩き回って、そこらじゅうを泥の足跡だらけにしてしまった。それにしてもどうして猫というのは狭いところを好むのだろう。俺とジョルノが猫を追いかけ回すと、鬼ごっこだとでも思ったのかベッドの下に隠れてしまい数十分は出て来なかった。そのおかげで俺は、「餌を見せたら出てくるんじゃ?」というジョルノの言葉でシャワーを浴びたばかりだというのに、近くのスーパーまで猫缶を買いに走ることになった。それなのに、家に戻ると猫は家にあった牛乳をぺろぺろと飲んでいる始末だ。この数時間で俺は猫を嫌いになってしまうのではないか。
 そんな俺の気を知ってか知らずか、ジョルノは風呂に入って真っ白になった猫をタオルで優しく拭いていた。灰色に見えたのはただの汚れだったようだ。白くてふわふわの毛並みに青い瞳、やっぱり血統書付きのお高いやつじゃあないのか。

「さっぱりしたろ、エリオ」
「名前をつけるなよ」
「どうしてです?いいじゃないですか、エリオ。それともブローノが良いですか?」
「……俺は二人も要らん。 俺が言っているのはそこじゃあなくて、お前、こいつを飼うつもりか?」
「ええ、そのつもりです」

 ジョルノは当たり前のように言ってのける。これはもう俺が何と言っても無駄だろう。
 同棲をしてから知ったが、ジョルノには我が強い所がある。悪く言えば我儘だ。そう考えると、ジョルノだって猫みたいだ。この家には猫が二匹も居るのか、大変になるなあ。そう思い鼻の頭をそっと触る。さっき猫を風呂に入れた時に引っかかれた傷がジンジン痛んだ。

「ブチャラティ、こっちを向いて下さい」
「ん、」

 鼻先にぺたりと絆創膏が貼られた。ジョルノは俺の頬を両手で包み、「早く治りますように」とその上にキスをする。これくらいの傷なら唾でも付けておけば治ると思っていたが、ジョルノの口付けを貰ったんだ、もう明日の朝には治っているかもしれない。

「グラッツェ、ジョルノ」
「ねえブチャラティ、飼ってもいいでしょう?」
「構わないが、お前がそいつを抱いていたらキスの続きが出来ないぜ?」

 そう言うと、ジョルノはくすくす笑って猫を膝から降ろした。
 別に俺は猫を飼うのを反対している訳ではない。きっと毎日顔を合わせればこいつだって俺に懐いてくれるだろうし、食費も猫のエサ代くらいどうってことはない。でも、どちらも仕事で家に居ない時、こいつの世話は誰がするんだろうなぁ。


「次に引っ掻いたら餌やらないからな」

 ミミズ腫れになった腕の傷を撫でながら猫の腹を爪先でつつくと、にゃあんと不機嫌そうな声で鳴いた。「そんな事をするから嫌われるんだ」とジョルノは言うが、それならお前が餌をやってくれ。
 エリオがうち来てからもう一ヶ月ほど経った。いつの間にかすっかり俺が餌やり係だ。毎日三食(たまに二食。俺だって忙しいんだから仕方ないだろう)餌をやっているのにまだ俺には懐いてくれないし、最近は下に見られている気もしている。今日だって、テーブルの上に乗ったエリオを抱いて降ろそうとしたら腕を引っかかれてしまったし。

「次、お風呂いいですよ。シャンプーが切れそうでした」
「あぁ、分かった」

 髪の毛をタオルで拭きながらジョルノがリビングに入ってきた。風呂上がりのジョルノはシャンプーの甘い香りがしていて、金髪から滴る雫やピンク色の頬が最高に色っぽい。どれ、ひとつキスでもしてやろうとソファに座ったジョルノに近付くと、俺の足元を白い何かが通ってジョルノの膝の上に落ち着いた。エリオだ。

「わ、エリオどうしたんです、ご飯はもう食べたでしょう。 あはは、なんて顔してるんですかブチャラティ」
「……風呂行ってくる」

 不機嫌そうに部屋を出る俺を、ジョルノの膝の上に座るエリオは勝ち誇ったような瞳で見送った。
 いつもこうだ。エリオが俺に懐かないのはもうこの際どうでも良い。いや、良くはないが、それよりもジョルノがエリオにばかり構う事に腹が立つ。猫に嫉妬しているだなんて馬鹿みたいで恥ずかしいが、こいつのせいで俺はジョルノとまともにキスも出来ないのだ。
 エリオは俺がジョルノに触れるのを邪魔するような行動ばかり取る。そんなに俺の事が嫌いなのか、それともジョルノの事が好きなのか。後者ならやっぱり嫉妬してしまう。ジョルノの恋人は俺なのだ、雌猫に負ける訳にはいかないだろう。

 風呂を上がると、さっきのソファにはもうジョルノの姿は無かった。エリオも見当たらないが、大方テーブルの下にでも隠れているのだろう。
 ベッドルームを覗くと、キングサイズのベッドの上でジョルノが眠っていた。時計を見るとまだ日付けは変わったばかりで、いつも寝る前に本を読むジョルノにしては早い就寝だ。きっと今日は外回りばかりで疲れたのだろう。ギャングのボスと言ってもまだまだ少年なのだから。
 かく言う俺も今日はなんだか眠い。仕事がまだ少し残っているが、朝にやっても十分間に合う量だ。
 ジョルノに毛布を掛け直すと、その隣、俺の寝るスペースに見覚えのある白い毛玉が丸くなっていた。やれやれと溜息をひとつ。いつもなら無理矢理起こすと爪を立てられてしまうから放っておくけれど、今日ばかりは俺も譲れない。そっと脇の下に手を入れて持ち上げると、想像通りの迷惑そうな顔で睨まれた。

「あのなあエリオ。お前がジョルノを好きなのは分かる。こんなに美しくて強くて可愛いんだ、惚れるなと言う方が難しい。でもな、こいつの恋人は俺なんだ。分かるな?」
「ブチャラティ! あんた何をやってるんだ、恥ずかしい」
「あぁジョルノ。悪い、起こしてしまったか。 いやな、こいつにジョルノは俺のだって教えていたんだ」

 エリオはいつもの不機嫌そうな声で鳴いて、俺の腕から床に降りた。「猫に人間の言葉が伝わるわけないだろう……」と、ジョルノは俺の頭の心配をするような事を言う。なんだ、俺はいたって真面目だぞ。頭だって正常だ。
 すっかり目が覚めてしまったのか、ジョルノはエリオを膝の上に抱いて、喉の下をくすぐったり頭のてっぺんを優しく撫でてやる。するとエリオは目を細めて、満足そうに喉をゴロゴロと鳴らした。 フン。どうだいジョルノの手の平は。暖かくて優しくて、蕩けてしまいそうだろう?いつもはその手で俺の髪の毛を梳いてくれるんだが、仕方ないからお前にも貸してやるよ。

「エリオ、ブチャラティにもちゃあんと優しくしてあげなきゃダメですよ」
「エリオよりお前に優しくしてほしいんだが」
「嫉妬?ブチャラティの頭も撫でてあげましょうか」
「あぁ、よろしく頼む」

 冗談めかして言うジョルノに真面目な顔で応えると、おかしそうに笑っていた目が驚いたように大きく開いた。その後に俺の名前を呼んで、ちょいちょいと手招き。素直に従って近付くと、ゆっくりと腕が伸びてきて、俺の頭はジョルノの胸に寄せられるように抱き締められる。優しく頭を撫で、髪の毛を手ぐしで梳かれる。ジョルノはベッドに腰掛けていて、俺はその足元に膝立ちしている状態。そんな無理な体制にも関わらず、ジョルノに触れられている間は時間がゆっくり流れて、目を瞑ったら眠ってしまいそうだった。

「ブチャラティ、何を心配しているんです。僕はブチャラティの恋人ですよ」
「あぁ。知ってる、分かってる」

 流石に空気を読んだのか、いつの間にかエリオは居なくなっていた。ジョルノの背中に腕を回して抱き締めたら、胸に鼻を押し付けて瞼を閉じた。お前は子供みたいだと笑うだろうか。それでも良かった。
 顔を上げて、いつかジョルノが俺にしてくれたように頬を両手で包んだら、ジョルノはその上に自分の手を重ねながら腰をかがめた。そのまま首を伸ばして唇を重ねる。一秒でも離れたくなくて、キスをしたままゆっくりとジョルノを押し倒した。

「良いんですか?あんた、まだ仕事が残っているでしょう」
「書類が少し。朝にやるから心配ないさ」
「寝坊して頭を抱える事になっても知りませんよ」
「そん時はボス、提出期限の延期を頼みます」

 額に小さく音をたててキスをすると、ジョルノは「認められませんよ」とくすぐったそうに目を細めた。ジョルノはこうやって、色々な所にキスをされるのが好きなのだ。瞼の上や鼻の先、頬にも丁寧に唇を落とす。そうしてやっと唇に触れると何度も確かめるようにキスをした。

 二人だけの世界になってしまったベッドルームですっかり取り残されてしまったエリオは、部屋を出て行く事も憚れたため、ベッドの下で呆れたように青い瞳を閉じる。

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タイトルは秋桜

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