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幸せになりたいと願う銀河の隅っこ

「露伴せーんせ〜」
何度目か分からないインターホンを押すと、やっぱり中からは何の反応もない。寝ているのか?いいや、仕事中だろうか。目にも止まらぬ速さでペンを走らせる露伴を頭に思い浮かべたら、真っ白な紙切れを一瞬でとても価値のある物に変えてしまう露伴先生は魔法使いみたいだと、少し前に康一が言っていたのを思い出した。本人に言ってやれば心底嬉しがるだろうに。きっと俺が言ったって、フンと鼻で笑われてしまう。

インターホンを押してからこんなに待っているのに一向に露伴が顔を出す気配がない。露伴はいつも何かにつけて「忙しい」と言うが、本当に忙しい時の目はとても楽しそうに輝いているのを俺は知っている。絵を描いている時がまさにそうだ。漫画に関しては全くと言って良いほど知識が無いのだか、露伴についての知識はあるつもりだ。そんな俺が言うんだから間違いない。そして多分、露伴は今も仕事で忙しいのだろう。
さて、どうしたものか。恋人なのだから勝手に入っても良いのだ。だが、それがなかなか出来ない。いつもならインターホンも鳴らさずにずかずかと家に入っていたし、鍵が開いていない時は扉をぶち壊した後にクレイジー・ダイアモンドで直していた。露伴は最初こそぐちぐち小言を漏らしていたものの本気で怒りはしなかったから、それで良いものだと思ってずっとそうしてきた。でも今はそれが出来ない。いや、出来ないのではなくて、それをする勇気が無いのだ。きっと俺がチャイムを押してすぐに露伴が顔を出したら大丈夫だった。でも、顔を出さずに声だけで「入って良いぞ」と言われたら、その時は今と同じくドアノブを回せずにいただろう。
実は、この前ちょっとした喧嘩をしたまま別れてから一度も連絡を取っていないのだ。喧嘩ならしょっちゅうしているし今更それくらいでは俺たちの関係は崩れないだろう。問題は、喧嘩してから今日までの時間だ。露伴が取材で海外へ飛んだり、俺がテストの結果が芳しくなかったせいで放課後補習を受けたりと二人の日程が合わなかったのだ。会えない日数が増えるほど喧嘩した後の気まずさも増していき、もう一ヶ月は会ってない。今日露伴に呼び出されなかったら、きっと俺はまだ会えずにいただろう。

もう露伴が顔を出さないということは確信した、行くしかない。ドアノブに手を掛ける。ドキドキする。大体呼び出したのはあっちのくせに何故出て来ないのか!ビビってる自分が恥ずかしくて今まで全然気にしていなかった事に怒りを向けてみたが、居ない相手に怒っても虚しくなるだけだった。 あぁ、別れ話だったらどうしよう。絶対別れてはやらないけれど、でも露伴に嫌いだと言われたらショックで俺は死んでしまうかも。


「露伴せーんせ、仗助くんが来ましたよ〜」
なるべく普段通りの軽い口調で緊張を隠した。リビングには誰も居ない。なら仕事部屋だろう。あそこは勝手に入ったら後で頭が爆発してしまうくらい怒られるからあまり行きたくはないのだ。でも本人が居る時は問題ないだろう。どうか、扉の向こうでは露伴がいつもみたいにペンを振るっていますように…!

「よう、ずいぶんと遅かったじゃあないか」
「露伴!」
「む、呼び捨てか」

露伴は忙しそうに仕事をするわけでもなく、いつもリビングでするように紅茶を片手に本を読んでいた。なんだ、少し拍子抜けしてしまう。
一ヶ月振りに会うけれど特に変わった所は無いように思える。当たり前だが背の高さも髪の長さも変わりない。会えなくて寂しかっただとか、そういうのは無いのだろうか。と思ってみたが、相手は岸辺露伴だ。ぼくはお前に会えなくて寂しかったぞ仗助なんて言われたら熱でもあるのではと心配してしまう。まぁ、考えてみたらたまにはそんな露伴も悪くないけど。
ふと気がつくと、だらしない顔をしたまま突っ立っている俺を露伴が怪訝そうな顔で見ていた。もし今考えていた事をヘブンズ・ドアーで読まれたら本当に別れ話をされるかもしれない。それなら露伴より先に話を切り出さなければ。俺が会話の主導権をつかむのだ

「いや〜、それにしても今日は寒いッスねぇ。冬は寒くて嫌だぜぇ」
「せっかく春夏秋冬のある国に住んでいるんだ、もっと季節を楽しんだらどうだい?」
「おぉ、露伴がそう言うとは思わなかったぜ…。てっきり露伴も寒いのは嫌いかと思ってた」
「寒いのは別に好きではないが、一年中春みたいにぽかぽかしていたらつまらないだろう?」

そりゃあまぁ、そうだけど。でも、露伴となら一年中春の国でも楽しそうなんだよなあ。いつでも花見ができるし。白い服を好む露伴はきっと桜のピンクに映えるのだろう。女の子みたいにはしゃいだりはしないだろうが、スケッチブックとカメラを持って目を輝かせながら桜並木を歩くんだ。

「そういえば随分と久しぶりだな、仗助」
「今更っすか!?まぁそうっすね、もう一ヶ月は会ってなかったし」

本当にいままで気付いていなかったように、一ヶ月と聞いた露伴は長いまつ毛で縁取られた目をぱちぱちさせた。本当に、本当にいままで気付いていなかったのか。俺たちは本当に恋人同士なのだろうかと不安になってしまう。だが落ち込むな俺、露伴は元からこういう性格だから気にする事はないさ。そう自分に言い聞かせると、余計切ない気持ちになった。

「もうそんなにか。お前何してたんだ?ちゃんと生きていたのか?」
「失礼っすね!俺だったテスト受けたり補習受けたりで忙しかったんすよ」
「そうだったのか。いや、バレンタインなのに何の連絡も寄越さないから、もしかしたら死んでしまったんじゃあないかと思ってな」
「バレンタイン!」

なんと俺はこんな大事なイベントを忘れていたのか!いや、忘れていたわけじゃあない。俺はこう見えて女子から人気があるから今年も例年通り大漁だった。でも、その日(というか今月)はずっと露伴にどうやって会うかという事ばかり考えていたから、そこまで大きなイベントだと気付かなかったんだ。
今日の日付けを思い出すともうバレンタインは一週間以上前だが、この流れはもしかして、露伴は俺にチョコを準備している?

「露伴、俺にチョコは?」
「お前が中々会いに来ないから、つい昨日食べてしまったよ。いやあ、高かっただけあって美味しかったなあ」
「は、はぁ!?じょ、冗談っスよね!?」
「本当だぜ、ほら」

露伴の目線の先にあるのはゴミ箱で、そこから覗く箱には有名なチョコレート会社の名前が見えている。あんな高い物を本当に1人で食べてしまったのか、でも露伴なら十分あり得る。

「そんなに欲しかったか?確かに美味かったけれど、お前みたいな子供には高いチョコとコンビニで手に入る安いチョコの違いなんて分からないだろう」
「そうじゃないっスよ…。確かに安いチョコと高いチョコの違いなんてわかんねぇっスけど、そういう事じゃあなくてですね、俺は露伴にチョコを貰いたかったんすよ。分かる?俺の気持ち」

はぁ、とあからさまに肩を落として溜息をついた。露伴はやっぱり俺の事を恋人と思ってないのかもしれない。だって、普通恋人の為に用意したバレンタインのチョコレートを自分で食うか?まぁ露伴だから、と言ってしまえばそれまでなのだが。

「…今からでも遅くはないか?」
「へ?」
「今からバレンタインのチョコレートをあげても遅くはないかと聞いているんだ。ホットチョコレートくらいならすぐ準備できる。その…外は寒かったろう?」
「露伴…!嬉しいけど、ホットチョコレートなんて要らないっスよ」
「はぁ?」
「俺は露伴が良いっス」

数秒空いた後、ぼっと顔を真っ赤にする露伴を見ているのは楽しいが、じわりと自分の頬も熱を持ち始めている事に気が付いて急に恥ずかしくなった。格好悪い顔は見られたくなかったし、何より久しぶりに露伴に触れたかったから、ホットチョコレートを作ろうとソファから立ち上がっていた露伴に近付いて抱き締めた。肩口に頭を埋めると露伴の優しい手のひらが背中を撫でてくれる。触れている所から露伴の熱を感じたら、少しでも露伴と自分の関係を疑ってしまった自分を恥ずかしく思った。口には絶対に出さないが、露伴も本当は寂しかったのだろう。
抱き締める腕を緩めて体を離すと露伴と真っ正面から向き合う形になる。一ヶ月ぶりの露伴はいつもと変わらない、俺の大好きな露伴だった。キスをひとつして、もう一度抱き締める。腕の中の温もりも、背中に回された腕も、俺より小さい体も全部が愛おしくて、バレンタインだからとかこつけてキスもセックスもしたいと思っていたのになかなか離せない。もう離したくないと思った。この距離ならいくら喧嘩したって関係ないし、例え会いたくなくたって会えるのに。


「今日お前を呼んだのは、本当はバレンタインのチョコをあげる為だったんだ。でもよく考えたらお前がなかなか会いに来ないから俺が電話したみたいで、これじゃあなんだか俺だけが仗助の事を好きみたいだろう?そう考えると腹が立って」

チョコを食べてしまった事に対してだろう、すまなかったと露伴は小さく謝罪の言葉を呟いた。そんな事、元よりそこまで気にしていないのに。確かにバレンタインに貰うプレゼントは普段より特別感が増すけれど、俺にとっては露伴がくれるものは全部特別で、全部大切だ。もちろん露伴も。

「こっちこそごめんな露伴。本当は会おうと思えば会えたのに、おれ怖くてよォ。今日も、もしかして別れ話でもされるんじゃねぇかってびびってた。露伴はこんなに俺の事考えていてくれたのにな」
「なっ、別に僕はお前の事ばかり考えてた訳じゃあーー」

照れ屋で素直じゃない露伴がこの先なんと言うかなんて分かり切っていたから、言い終わる前にキスで遮った。最初は俺の胸を押して体を離そうとしていたが、少し開いた口に舌を入れると応えてくれる。言葉は素直じゃなくても、露伴の視線、行動、言葉の裏に隠れた本音全部から俺への気持ちが伝わってきて胸がいっぱいになった。
少し距離が遠くなって、でもちゃんと近付いて、前よりもっと露伴との距離が近くなって。こうしてようやく俺たちは本当の恋人同士、不安になっている暇が無いくらい全力で愛し合える関係になった気がした。

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タイトルはカカリア

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テーマ「人外ファンタジー」
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