01.箱庭に眠れ







身体を包み込む淡い光が眠気を誘う。
足元の感覚がなくなり、宙に浮いているかもしれないと、ぼんやり考えた。
見渡す限り、360度が光に包まれている。
しかし、不思議と危機感はなく、なんだかほっと落ち着く……どこか不安な気持ちがあったのだろうか。
遠のいて行く、焦ったような声の主にむしろ不安を覚えた。
表情は見えないから、わからないけれど。
珍しい、その声に乗った感情はしかし顔には表れていないのかもしれない。
いつも通りの落ち着いた、すました自分よりずっとずっと大人の顔のままなのかもしれない。
それでも、彼女にしては珍しいその声色に驚いたから。
心配しないで、大丈夫だからと伝えたくて振り向き手で、足で、身体の動かせる部分の全てを使って辺りを探るように活動できる範囲でもがいた。
すると、不意に、伸ばしていた指先が何かを感じ取る。
自然とそちらに目を向けると、突然全身が鉛を背負ったように重くなりがくんと体制を崩した。
反射的に体制を元に戻そうと身体が動いたが、目の前を一瞬の強く激しく、まるで暴力のような輝きに襲われて、強制的に静止させられる。
しかし、思わず閉じた瞼も、少しも時間を置かずに開かれることとなる。
すぐに安心する優しく穏やかな光に戻って行ったから。
その繰り返しは鼓動のようだと思った。
それは再度落ち着いたかのように思えたが、じわりと強くなった光によって、くらんだ目の網膜には閃光と点滅する星が飛び交う。
これを引き起こした原因が自分では分かっていないから、どうすればいいのかわからなかった。



……やがて光は収束する。


*****





「すぅすぅ……むにゃあ」






『ーーどうしようかこの人。庭に入って来る前、ううん、もっと前。村に入って来る前に呼び止められるはずなんだけれど。』
『とりあえず起きるまで待とう……?』
『やだああ! 來羽は怖くないの?! こんな地形以外に特に特徴もない村に知らない人がいるんだ……よ、むぐっ』
『……村の悪口はNGだよ』
『はあい……』

桜の木の根元で眠る少女をつんつんとつつき、反応が返ってくるとびくりと跳び上がり、傍らの少年に盾にするように縋り付く。
しょうがないなあ……と背後でびくつく少女の普段のお嬢様然とした態度との落差に改めて驚きつつ、素の表情を見せられる程自分は親しいのだと感じた。
そこに優越感を抱くのは何故だろう。
少女は、ほとんど頭上で行われた二人のやり取りがあっても起きる気配はないようだ。
だらりと、無防備に四肢を投げ出した姿はまるで大きなよくできた人形のようで。

「い、生きてるよね……」

ぽそりと自分が呟いてしまった言葉に、思わずと言ったように声をあげようとした少女の口を咄嗟に塞いた。
ふごふごと苦しそうにしていたので手を離すと、やはり涙目で睨みつけられてしまった。

「騒ぐと可名多先生が来るでしょ。 今だって稽古をさぼってここにいるわけだし」
「うー……ごめんね」
「それに、」
「?」
「この村に入ってきた人間がいたなんて知られたら、この子がどうなるか……。 今まで外からの人間で歓迎された人間はいないもの。」
「……分かってるよ。」

他所者を嫌う村は侵入者を許さない。
仮に入って来れたとしても、先ほど言ったとおりに歓迎されない。
酷い騒ぎになり、侵入者は囃し立てられ見世物になるだろう。
特に、そのあとの"お出迎え"の完了後には。
ーー自身がそれを体験したからこそ分かることだ。
しかし今は何の騒ぎもなく、慌ててにのこに伝えに走る人間もいない。
目の前の少女が無断で入ってきたことなど容易に想像できる。

「そろそろ夕飯の時間になっちゃうね」
「うう……お腹空いたあ」

それにしても、この少女はいつまで眠っているのだろう。
そろそろ眠りすぎではないのか。
自分にも時たま無性にただただ眠ってゴロゴロと転がっていたいときがある。
のんべんたらりとゆっくりとした時を過ごしていたい願望なら誰にだってあるだろう。
ただそれは常日頃は自制されているだけで。
だからなのか、誰にも構うことなく眠り続ける少女が羨ましかったりする。
いやいやいや、こんなことを考えていたなんてにのこにバレたら、いつもにのこにしっかりしてねなどと言っているのに示しがつかないではないか。
ううん、ほんとうはにのこはいつも次期当主として……今は最有力候補であるしほとんど確定と言ってもいいもの。
そのための日頃の努力だって一番側で見てきたんだから、自分よりよっぽどしっかりしてるって知ってるんだ。
にのこが自分に見せてくれる抜けた部分を見ているせいかついつい世話を焼いてしまうが。
見知らぬ少女の眠りっぷりに負けてどうする!自分こそしっかりしないと來羽!と心の中で気持ちを改めたところで。
まるで空気を読んだかのように、音自体は大きくはないが、自分の常識、経験という辞書の中に該当するその音として考えるとかなり大きく、そして妙に存在感を放つ音が響いた。

ぐぅうぅうぅうう……ぎゅるぎゅる

「……」
「……」
「……にのこなにそのお腹の音?!大きすぎるよ!」
「えっあっうっううう!私じゃないもん!もっと小さいもん!」
「ふえ?じゃあ……」

そろりと、確信を持って振り返ると。

「……あれ?」
「お腹の音、私じゃないならこの子と思ったんだけど……?」
「気のせい、かな?」
「お、おばけだったらどうしよう來羽ぁ〜〜うっ……ひっくぐすっ」
「ええー……おばけなんていないったら。もう、にのこったら……いつも言っているのに。というか前に夜遅くにみんなで集まって怪談で盛り上がったらしいあと、怖いからって僕の布団に潜りこんできたときにからかったらもうおばけなんて信じてないから怖くないて言ってたじゃない……」
「わーわー!ストップ!ストップ!はあはあ……。ふぃ〜。そのときは平気だったのっ!じゃなくて!來羽ぁあああ!ぜーったい内緒にしてって言ったのに〜〜!可那多さんには絶対に言わないでね」
「はいはい」

まだまだ怒りたりないのかぷりぷりとしているにのこ。
確かに、可名多さんにおばけの件について報告してしまうと後日なにか小言を言われてしまうかもしれない。
もしくは本当は心配性な可名多さんのこと。
おばけに関することで家内で何かがあったりまた集まって怪談をしたと聞くと夜はにのこを離さないかもしれない。
絶対にしないでおこう。
彼女の優しさと心配からくるものだと分かっているが、にのこも子供ではないのだから感謝しつつも居心地が悪いのだろう。
それにしても。

「ねえ、僕もそろそろお腹すいてきちゃった」
「私もだよ〜…」

じんわりと風にのって鼻をくすぐるあちらこちらの家のそれぞれの晩ご飯の匂い。
いいなあ、僕も早く晩ご飯を食べたい。
ちらっとにのこを見るとよだれを垂らしてふぅふぅいっていた。
多分今すぐにでも少女をガクガクゆすって起こしてから晩ご飯を食べに行きたいのを我慢しているんだ。
わきわきと動かされている両の手がそれを教えてくれた。
しかし我慢できなくなったようでまたそろりそろりと少女に近づいて行く。
さすがにもうゆすったりしようなどと考えている様子はなさそうだが。
うーんどうやって起こすんだろう。
もう、この子をにのこの知る隠し部屋(そんなものがあるのかは知らないが、ここに自分より長く暮らすにのこのことだからきっと知っているだろう。以前に自分も使用させてもらったことだし。)に運んで、その隙に晩ご飯を食べて戻る。
それが一番いいような気がしてきた。
とりあえず何をするつもりなのかは分からないけどにのこ頑張れ……!
そう心の中でエールを唱えた瞬間にのこの姿が傾いた。

「はっ!?」

あべしっ……そんな効果音を吐いてにのこがすっ転んだ。
なぜ?にのこの足元に落ちる小石のせいだ。
にのこは傾いて……少女に覆いかぶさる。
もしも彼女が周囲に気を配っていたら踏みとどまれたのかもしれないが、まず足元に小石が落ちていたなど思いも寄らなかったに違いない。
僕も気づかなかった。
そしてにのこはそのまま重力に従い少女の上に崩れ落ちることとなる。

「あいったあ……」
「にのこぉおおお!!大丈夫!?あとこの子も……!」

ハッとして駆け寄り支えてやって起こしてやる。
テンパってあわあわとしている自分ににのこもそわそわとしだした。
ふるふると身体を揺らして挙動不審なにのこももちろん心配だが、先ほど下敷きになってしまった少女は大丈夫だろうか……?
伺うように、衝撃で身体が動き向きが変わったのか、地面に顔をうずめるような形になってしまった少女を少し起こして覗き込む。
釣られて、というかこんなことをしている場合じゃないと思ったのか、にのこも同じ行動をする。

「起きてない……」
「起きてないね……」
「どうする?」
「どうしよう……」
「どうしようね……」

「むにゃ」
『!?』

聞こえてきた、会話を続ける二人のどちらでもない声。
寝ぼけたように間の抜けたそれに、こぼれ落ちそうなほどに目を開き、ばっとその声の主だと確信した人物に期待を寄せて注目する。
まだ完全に起きることはできていないのか、ぼんやりとした瞳はどこを見ているのか分からない。
しかしもうこちらに意識はあるようで安心した。
やっと、起きてくれた。

「お腹すいた……」

そう一言言い残し、また眠ろうとするように一つ伸びをしてからごろりと転がったから今度こそ慌ててにのこががくがくと揺すり起こした。


*****


もぐもぐむしゃむしゃバリぐちゃはむはむごっくんもぐもぐ

「このお魚美味しい〜♪」
「よかった。こっちのお味噌汁もどーぞ!」
「ごくごく……美味しい!あっ來羽おしょうゆとってー!」
「もう、自分で取らなきゃだめだよ?はいどうぞ」
「來羽ありがとー!大根おろしにはやっぱりおしょうゆがいいねえ……♪」
「いっぱい食べてねっ」
「いっぱい食べた〜い!」

なんだこれは。
諸用で席を外しているうちに馴染みすぎではないか。
あの後二度寝を妨げられ少々不機嫌な表情になった少女は、しかし見つかるからと今は使用されていない蔵の一つに手を引き連れられると、不思議そうな顔をして頭にはてなを浮かべていたが、おとなしく足を動かした。
そして私がいない間に少女に晩ご飯をたべさせておいてと來羽に頼んだのだ。
どうしてここにいるのか、目的はなにか。
そしてどうやってここへ入って来たのか、の三つを聞こうにも、まずは空腹を満たさなければ話せそうにもなかったから。

「にのこも突っ立ってないでおいでよ!」
「來羽〜ほっぺになにかついた〜」
「む?ご飯粒だね。どうする?捨てちゃう?」
「食べるっ!もぐっ」
「……わっ!指にそのまま食いつくのはやめてよお〜。恥ずかしいよ……」

むかむか。

「あっにのこだ、おかえり」
「にのこおかえり〜」
「ただいま。じゃなくてっ!二人ともくっつきすぎじゃないかな!?」
「ええーそうかなあ」
「にのこもくっつく?」
「……」

このむかむかはなんなんだろう。
なんだか自分が嫌な人のようで嫌だ。
やや不機嫌に傾いた感情を隠さないようにむむっと眉を寄せた顔で少女をじっと見つめる。
どーしたの?というように不思議そうな顔で見つめ返され、つい絆されそうになったがうっ……と呟き耐えた。
まだ危険のない人物だと分かったわけではないのだから。

「もうお腹は満足した?」
「うんっ!ありがとうにのこ、來羽!」
「にのこ、なにかあったの?あっ、あざとーデザートいつ食べるー?」
「今っ!今すぐ!」
「ふぇっ!?あざとってば結構大食いなんだね〜」
「どやっ」

会話の中でなんでもないように來羽の口から呟かれたその名前。
今から少女の名前を聞こうとしていたのだが、もう來羽は聞いていたんだ……手間が省けた。
少女ーー改めてあざと。
でも、聞きたかったのは名前だけではなかったから。
そう、どうしてここにいるのか、目的はなにか。
そしてどうやってここへ入って来たのか。
これからあざとがどうするのか……ここへ残るのか村を出て行くのかは分からないが、見極めておきたいから。
無駄に疑うことなんてしたくないから。

「にのこもスイカ食べる?」
「食べるー!!」

……即答だった。
まあスイカを食べた後ででいいか。
ハッとして食欲を振り払おうとも思ったが、今のにのこにとってスイカを食べるかと差し出されたということは、にんじんを鼻先にぶら下げられた馬のような状態と同じこと。
だってしょうがないだろう、大好物なのだから。
えへへとゆるむ顔に言い訳しながら大きく切り分けられた大好きなスイカにしゃくりとかぶりついた。






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