僕の席 | ナノ


LONG

 初めはとても小さな願いでした。
 人々が口癖のように「死にたい」というみたいに、別にそれが実行に移されるわけでもなんでもなく、ただ言ってみただけというように、心からの願いではなかったはずでした。

 ──疲れたから、どこか僕一人しかいない世界に行きたい。
 ──僕がいなくなっても、誰も気づかずに生きていたらおもしろいだろうな。

 そんな空想じみたことを、ただひたすらに考えていただけでした。それなのに。いつの間にか僕の周りには誰もいません。母、父、友達、知りあいはおろか、街の人々まで。きれいさっぱり、何もない、誰もいない世界に迷い込んでしまっていました。
 最初は最初で楽しいでしょうし、不思議な夢でも見ているんだと信じていました。けれども二日、三日、さらには一週間たっても誰も、なにも、どこにもいません。本当に、世界には僕一人だけになってしまったようでした。
 朝いつも通りに登校しても、教室の鍵は開いているのに誰もいないのです。不用心だな、と思ってみても、当たり前ですよね。泥棒する人なんていないんだから。

「誰かいますか…?」

 声をかけてもやっぱり返事はないから、掃除道具をしまうロッカーに誰かが隠れていて、油断して入った僕を驚かせようという魂胆でもなさそうでした。
 今度は図書室に行ってみます。誰かが本を読んでいるかもしれない。誰かが勉強しているかもしれない。けれども図書室は休館で、電気も消えていて中に人がいる様子はありませんでした。
 学校内を歩き回ってみても、ゲームのように何か得体のしれない生き物にエンカウントするわけでもなく。

「皆に会いたい」

 気がついたら、今度は心から呟いていました。
 あきらめて帰ろうと思い、教室に置きっぱなしにしたリュックを取りに戻ると、驚いたことにクラスメイトがいるのです。全員。

「なんだよ!みんないるじゃないか!」

 そういって友人の一人に声をかけましたが、まるで僕が存在しないかのように、見向きもしないのです。

「どういうことだよ…」

 そのまま、存在しない僕を教室の隅において、授業は始まります。窓際の一番後ろの、僕の席はありません。
 皆に会いたい。確かに僕はそう言ったけれど、これでは前と変わらず、僕は一人ぼっちです。僕だけが存在する世界から、僕だけが存在しない世界へと移っただけのようでした。
 そうしてしゃがみ込む僕はふと、今までの出来事が全て、僕の願いを叶えてくれようとした世界によるいたずらだと気づきました。思い立ったが先。僕は立ちあがって昼休みでざわつく教室に向かって叫びました。

「僕はここにいるよ!」

 皆は一斉に振り向き、仲が良かったクラスメイト、先ほど僕を無視したクラスメイトが笑って

「知ってるよ、急にどうした」

と僕に声をかけました。
 窓際の僕の席は、きちんとそこにありました。



この物語は2016年某校文化祭のクラス企画にて映像化していただきました。



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