森の中にわたしはいます | ナノ


森の中にわたしはいます


 小さい公園。誰もいない、真ん中に大きな木が一本生えてて、周りに小さな木がたくさん生えてる、芝生の公園。わたしはそこをひとりで散歩するのが好きなのです。まるで森のなかにいるみたい。こんな素敵な場所がこの街にあったなんて、知りませんでした。
 今日もひとりで歩いていると、空から私を呼ぶ声がしました。

「ねえ、遊ぼう」
「ゆづきちゃん」
「あら、どうして知っているの、みゆき」

 自分と同じくらいの年の少女の名前を、なぜか私は知っていたのです。そして驚いたことに、ゆづきちゃんは私の名前も知っているようでした。ゆづきちゃんははすとんと木から飛び降りました。あぶないよ、とわたしが言うと、ゆづきちゃんは、田舎育ちだから大丈夫、と笑いました。ゆづきちゃんが差し出した手をわたしもきゅっと握り返して、お互いよろしくの握手をかわしました。

「お友達になろう、ゆづきちゃん」
「なにいってるの、もうお友達でしょ」

 そういって二人で笑って、芝生の上で鬼ごっこをしたり、木の陰でかくれんぼをしたりしました。ゆづきちゃんは隠れるのがとっても上手で、わたしはなかなか見つけられません。今度はわたしが隠れていると、ゆづきちゃんはちょいちょいっと木に登って、私はすぐに見つかってしまうのです。そうして、まわりが暗くなるまで遊びました。

「ゆづきちゃん、わたしもう帰らなくちゃ」
「そうなの、寂しい」
「でもね、明日も来るからね」
「うん、待ってる」

 わたしはゆづきちゃんにさよならをして、家に帰りました。
 ゆづきちゃんはどこに住んでるんだろう、ゆづきちゃんはなんでひとりであそこにいたんだろう。お風呂に入ってる時も、布団に入って寝るときも、ずっとゆづきちゃんのことを考えていました。早く明日にならないかなあ。まるで遠足の前か、新学期の新しいクラスになったばかりのようなわくわくで、どきどきして眠れませんでした。

「みゆきちゃんもう帰っちゃうの?」
「うん、ともだちと遊ぶ約束してるの。またねー!」
「またねー」

 学校が終わって友達と別れた後、いそいで昨日の約束の公園に行きました。ゆづきちゃんは今日はボールを持っていました。

「みゆき、キャッチボールしよう。しりとりしながらなげあうの!」
「いいよ!」
「しりとり」
「りんご」
「ごま」

 ふたりはしりとりをしながらどちらかが負けるまでずっとキャッチボールをしていました。途中からよくわからなくて、たくさんたくさん笑いました。
 次の日も、また次の日も、晴れてる日は毎日遊びました。雨の日は会えないのでとても寂しいのです。そんな時は窓の外を見ながら、

「あなたといたいのがわたしの心。あなたの心はどんな心?」

と、どこかにいるゆづきちゃんに語りかけています。そうするとゆづきちゃんもきっと、わたしのことを考えていてくれるような、そんな気がするのです。
 たくさんたくさん遊んで、たくさんたくさん笑って、たくさんたくさん仲良くなったわたしとゆづきちゃん。そんなある日のこと、ゆづきちゃんはわたしにいいました。

「いけない、わたしもう帰らなくちゃ」

 わたしは驚いて、悲しくなりました。だってまだ空が明るいおやつの時間だったんですもの。

「帰っちゃうの…?」
「うん。わたしね、遠くに引っ越すことになったの。みゆきの知らない、うんと遠いところ」

 ゆづきちゃんは青空を見つめて、悲しそうに呟きました。
 ゆづきちゃんの引っ越す遠いところって、どんなところだろう。どれくらい遠いのかな。電車で行けるかな。新幹線で行けるのかな。飛行機に乗らなきゃダメかな。大好きなゆづきちゃんがいなくなってしまうと知って、わたしは悲しくなって泣き出してしまいました。

「みゆき、泣かないで。あのね、いなくなる日に、私の大切な宝物あげる。だからね、泣き止んで。また明日、三時にここで会おう」

 ゆづきちゃんが慰めてくれたけど、わたしの涙はとまってくれないので、泣きながら大きく頷きました。
 約束の三時まで、あと一時間。わたしは学校が終わるのをそわそわしながら待っていました。ゆづきちゃんに、ちゃんとさよならを言わなきゃ。そして、大好きだったよって告げなくちゃ。
 けれども、約束の時間が来たら、ゆづきちゃんはいなくなってしまう。それはどうしても受け入れられなくて、思い返すたびに心がぎゅって苦しくなりました。

「ゆづきちゃん」
「みゆき、来てくれてありがとう」

 約束の時間、約束した場所にゆづきちゃんはいました。その手には、ふたりで遊んだボールと、うさぎのぬいぐるみがありました。

「このボール、わたしたちの思い出だから、みゆきにあげるよ。それとね、このぬいぐるみ、チャックの中にお手紙入れたから、帰ったら見てね」

 絶対、帰ってからね。と、ゆづきちゃんは何度も念を押した。何かきっと大切なことが書いてある気がしたけれど、それ以上は何も言いませんでした。

「ゆづきちゃん、あのね」

 じゃあね、と言って帰ろうとするゆづきちゃんを引き止めました。ちゃんとお別れの挨拶を言っていないのです。

「わたし、ゆづきちゃんのこと大好きだったよ!朝から晩まで、ゆづきちゃんの事考えてて、毎日楽しかったよ!雨の日はあえなくて辛かったけど、ゆづきちゃんの為にいっぱい我慢したんだよ!」

 ゆづきちゃんは向こうを向いたまま何も言いません。

「ゆづきちゃん、今までありがとう!遠くへ行っても、元気でね。大きくなったら、また遊ぼうね」

 ようやく振り返ったゆづきちゃんは、目に涙をいっぱい浮かべて、真っ赤な顔で

「ばか!わたしも大好きだったよ!みゆきの前では泣かないで、笑顔でさよならしようと思ったのに」

と言って、わたしを抱きしめてくれました。それから少しの間、ふたりはぎゅっと抱きしめて泣いていました。

「今度こそ、さよならね」
「うん、元気でね」

 歩いていくゆづきちゃんを、大きく手を振りながら見送りました。
 わたしはちゃんと、ゆづきちゃんとの約束を守りました。家に帰ってからぬいぐるみの中の手紙を開きました。

『みゆきへ
今まで本当にありがとう。
わたしはこれからアメリカへ行って、大きなシュジュツをします。とても怖いけれど、みゆきのことを考えてがんばって元気を出します。
みゆきと過ごした時間は、絶対に忘れません。どうか、わたしのぶんまで元気でね。
ゆづき』

 ゆづきちゃんの手紙はよく分かりませんでした。まるでゆづきちゃんが本当にいなくなってしまうような、とても難しい話で、頭が痛くなってきました。そのままベッドの上に座って、泣いていました。

 どうやら泣きつかれて寝てしまっていたようでしたが、目を覚ましたらそこは私の部屋ではありませんでした。真っ白な天井に、薄いピンクのカーテンがあります。腕には何か痛い管がついていて、口元には透明のケースがかぶせてありました。白い小さな棚の上を見ると、ボールとぬいぐるみはきちんとありました。

「ゆづきちゃん…」

 ちょうどのぞいた女の人が、わたしが起きているのに気づいて手をぎゅっと握ってきました。

「みゆき!先生!みゆきが目を覚ましました!」

 すると白い服の男の人が丸いメガネの下の目を優しそうに細めて、良かった、と微笑みました。

「ゆづきちゃん……ゆづきちゃん、もう会えないの……」

 ゆづきちゃんから別れ際に貰った思い出の物を見て、私はまた泣いてしまいました。

「可哀想に、記憶が混乱してるのね。みゆき、わかる?お母さんだよ」

 思い出しました。女の人は、確かにお母さんです。

「おかあさん、ここはどこ」
「覚えてないのね、病院よ。みゆき、病気で入院して、ゆづきちゃんと仲良くなって、ゆづきちゃんがアメリカに行ったあと暫くしてから、階段から落ちて頭を強く打ったのよ」
「ゆづきちゃんは?ゆづきちゃんの手術は成功したの?」

 ゆづきちゃんは病気で、手術を受けるためにアメリカに行ったようでした。それもどうやら随分昔の事のように話しているお母さんの口調が気になって、思い切って尋ねてみました。

「やっぱり覚えてないのね。ゆづきちゃんは一ヶ月前に亡くなったのよ」

 どうやらゆづきちゃんはすでにこの世界からいなくなってしまっていたようでした。


森の中にわたしはいます fin.

2007に執筆した「森の中にわたしはいます」を加筆・修正したものです。



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