君が消えた日 君は突然やってきた。 どこからともなく、空いた窓から風が吹き込むかのように現れた。 長くて黒い髪を2つに結んだ幼気な少女は白い部屋の片隅の、丸い椅子に座って僕の声に耳を傾けていた。 「わたしね、めがみえないの。みえなくなったの」 君はそう言ってくるくる笑う。 かわいい。愛おしい。かわいい。かわいい。この子が妹だったらと思いをめぐらす昼下がり。 「おにいちゃんは、どんなおかおをしているの?」 顔も知らない僕のことを、名前も知らない僕のことを、「おにいちゃん」ってよんでくれる。かわいい声でよんでくれる。 「いつから目が見えないの?」 「えっとね、きのうのきのうだよ」 君の世界がシャットアウトされた日。 君は今日もやってきた。 あの日僕らが出会ってから数ヶ月。君は毎日毎日会いに来た。 「あれ、その怪我どうしたの」 「これね、ころんじゃったの。いたいいたいだよ」 君は見えない目をぱちぱちさせながら、ひざに貼られた絆創膏をさすった。 今日もかわいいツインテールを揺らしながら、君は楽しそうに笑う。 僕も、つられて笑顔になる。 「あのね、あしたね、おにいちゃんにプレゼントもってくるね」 「ありがとう、楽しみにしてるよ」 君が転んだ最後の日。 君は今日は来なかった。 どうしたんだろうと不安になって、でも君がどこにいるのかわからなくて。 約束してくれた。会いに来るって言ってくれた。 君は今どこにいるんだろう。 「君の存在が僕にとっての最高のプレゼントだよ」 一人つぶやいたけど君には届かない。 君は今どこにいるんだろう。 探し回って探し回って、やっと見つけた僕の天使。 「ごめんねおにいちゃん、これ、プレゼントだよ」 そういって僕にくれた不恰好な花冠。とてもかわいい花冠。 「もうおにいちゃんのところまでいけないから、こんどはおにいちゃんがあそびにきてね」 君の世界が狭くなった日。 君の元へ今日も行く。 歩けない君の代わりに、僕がたくさん歩くんだ。目が見えない君の代わりに、僕がお花を摘んできてあげる。 「白くてちっちゃい花だよ。シロツメクサ」 そう言って渡すと、触って、匂いを嗅いで、「かわいいね」と笑う。 だけど今日の君はなんだかぎこちなくて、もどかしくて。 「どうしたの?」 僕が優しく問いかければ、いつもはそう、かわいい顔で笑って「なんてね」って、僕をからかうんだ。 いつもはそう、そんな僕を見ておかしそうにケラケラ笑うんだ。 なんでだろう、君がいつもより小さく見えるよ。 「あのね、おにいちゃん。からだがね、ゆうこときかないの」 なんでだろう、君がいつもより霞んで見えるよ。 君から笑顔がなくなった日。 君と今日も話せない。 僕らが出会って早一年。君は少し大人になったね。 まだまだ君とお話がしたいけれども、君は今日も目を閉じたまま、深く、深く、息をする。 「ねえ」 僕が何度呼びかけても。 「起きてよ、もうお昼だよ」 僕が何度体を揺すっても、君は目を覚まさない。童話みたいに、王子様のキスで目覚めたりもしないし、日常に追われて目覚し時計で目覚めたりもしない。 僕は知ってた。いつか君がいなくなる。僕は知ってた。 横の機械がうるさくて、白い服の人にやつあたりして。 それでも君が目を覚まさない事を、僕は知ってた。 世界から君が消えた日。 君を今日も忘れない。 君の居た場所には、もう君ではない知らない人が住んでいる。 僕のもとに残ったのは、不恰好な花冠と、深い悲しみだけ。 ねえ、寂しいよ。君は今どこにいるの。 ねえ、寂しいよ。君は今何してるの。 ねえ、寂しいよ。君は僕を覚えてるかな。 ねえ、苦しいよ。また君に合えるかな。 まだあの日約束を果たしていないから。 大きな大きな、「じゆうのめがみ」がかぶれる花冠。 だから、きっと、また会えたら、自由の女神がかぶれるほど大きな、花冠を一緒に作ろう。 世界から僕が消えた日。 君が消えた日。 fin. 小説のはこに戻る Copyright (C) 2015 あじさい色の創作ばこ All Rights Reserved. |