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ep.05[Expand]

 村長に西へ行こうと提案されたのはつい先日の話。フォスター兄弟と村長は西の中心都市、レイドロック行の急行列車に揺られていた。車輪が奏でる規則正しい音と小刻みな振動によって、ノイズはすでに寝息を立てている。湖にきらきらと反射する光でさえトロイにはまぶしく、カーテンを半分ほど閉めている。全部閉めないのは村長がせっかくの景色がもったいないと言ってふてくされたためだ。あと数年で60になるのに、いったい精神年齢はいくつなのだろうか。

「雅は来なかったんだね」
「サークルの飲み会があるんだとよ」
「嘘だね」
「嘘だな」

 めんどくさがりで他人と関わるのを避ける雅が進んで飲みの誘いに乗るとは考えにくい。そもそも彼はサークルに入っているのだろうか。おそらくこのノワール訪問も面倒くさいがために断ったのだろう。
 ノワールを訪問するに至った理由はいくつかある。レオンは次の狩りがいつになるかはわからないと言っていたが、村長の予想ではこの先二年以内には100%起こるだろうと。そのことをノワールにいる村長の旧友に伝えると同時に、一種の情報交換だ。レオンの知らなかった情報をノワールが知っているとも考えられない──そもそもレオンが本当に知らずして村長と対話をしていたのかすら定かではない──が、西に住む者として何か自分たちの知らない情報を持っていたりするのだろうかと一縷の望みにかけての訪問だった。
 車内アナウンスがレイドロックと終点を告げる。少ない荷物をまとめ、半分しか覚醒していないノイズを引っ張りながら列車から降りる。北地方とはまた少し違った雰囲気のホームは観光客やらスーツの人々やら何処へ行くのか学生の集団やらであふれかえっている。

「うわあすごい人。人酔いしそうだ……」
「前来た時はどこで降りたんだ?」
「前はレイドロックまで来てないよ。一つ手前のセフィアで降りたんだ」
「小さい国でもずいぶん遠いんだな」
「パトリアは北地方でも東地方との境にありますから」

 ノワールの拠点はレイドロック駅からバスで30分ほどかかる4番街のはずれにある。二泊するだけとはいえ、外泊はめったにないことなので兄弟は密かに気持ちを高ぶらせていた。

「宿はもう取ってあるの?」
「一応な」
「わあどんな所に泊まるんすか!?」

 ノイズに至っては生前めったに旅行に連れて行ってもらえなかったとだけあって完全に観光気分である。一応ノワールへ行く理由を伝え、勝手に動くなと念を押す。楽しそうなノイズはちゃんと聞いていたのだろうか。少ししてバスが来る。初めは沢山のっていた人々も、終点に近づくにつれて一人二人と減っていき、ついには村長と兄弟の三人だけになってしまった。いくら市街地とはいえこんな辺境までご苦労様と心の中で運転手に別れを告げる。人通りが決して多いわけでもまったく無いわけでもない、ごく普通の町。昔は商業都市として栄えていたというが、今やその面影は何処にもない。クリスマスを来月に控え、街のメインストリートは装飾が施され、街路樹やピルの屋上などいたるところにイルミネーションのケーブルがかかっている。まだ気が早いのではないか、とも少しばかり思うが、どうやらここらでは毎年恒例のイルミネーションで、街の人々もそれを楽しみにしているようだった。

 一足先にクリスマス気分を味わうカップルが兄弟の横を通り過ぎていく。それを見てすかさずノイズが「兄さん彼女はいないの」と茶化してきた。マフラーと首の隙間を冷たい風が吹き抜け、思わず身震いした。トロイは楽しそうな町を見て、学生時代に少しでも青春を謳歌しておけばよかったかな、と冬の寒さに肩をすくめた。


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