[6]


ep.04[Sever]

 アンリが目を覚ますと、まずクリーム色の天井が目に入った。寝起きでかすむ目をこすって周りを見渡す。小さな棚に申し訳程度の生物学の本。自分の着ていたコートはきちんと椅子に掛けられていて、身体にも特に目立った変化は何もない。あるとすれば二日酔いで若干気持ち悪いくらいか。とても見慣れたその部屋は、まぎれもなくヨハネスの部屋だった。微かに漂う薬品の移り香と、それをかき消すような甘酸っぱい香水の匂い。さわやかな柑橘系はいかにも陽気な彼らしい。

 昨晩眠らされ、連れてこられたのが研究棟でないことに深く安堵したものの、今度はまた別の可能性を考えて一瞬動揺したが、衣類のどこが乱されているでもない。流石のヨハネスもそこまで節操なしではなかったらしい。
 とりあえず水を飲もうと部屋を出てキッチンへと向かうと、ヨハネスはすでに着替えて卵を焼いていた。

「おはよう貴様何のつもりだ」
「ああ……昨日はすまなかった。」

 あのおちゃらけたヨハネスがいつになく神妙な顔つきで答える。心から反省している様子が見てとれた。

「お前は知っているのか、政府の研究の事」
「ああ」
「被験体のことは」
「知ってる。だから、ああいう手荒な真似をしてでもお前を一人にするわけにはいかなかったんだ。」

 レティの言っていた通り、アンリは研究棟から監視されていた。ヨハネスはそれに気づいていたようだった。
 何故尾行までされていたのか、とヨハネスは問いかける。理由には心当たりがあった。アンリのもとに月に一度ほど、定期健診の通知書が送られてくる。それをアンリはことごとく虫をしているのだ。

「それでいい。ユイットはいくら説得しても駄目だったんだ。お前は絶対研究に手を貸すなよ」

 ヨハネスは卵をすでに茹でてあった野菜とともにお皿に移して、小さなダイニングテーブルへと二人分運ぶ。日常生活を営みながら、政府の研究の話をする、というのはとても不思議な感覚がする。ここのところ日常に疲れ、何もかも放り投げてしまいたい欲求に駆られるが、それもかなわず自分を殺しながら日常に身を埋めていった。そんな中での非日常には少しばかり好奇心がわくが、やはり変化は怖いもので、政府が早くそんな危険な研究をやめてしまえばいいのにといつの間にか願っていた。

「あいつは、ユイはもう二年前から研究に挺身している。俺はあいつがどんどん知らない人になっていくのが怖い。」
「でもあいつは、自分では昔から何も変わってないって言ってるぜ」
「ユイが俺たちになにか隠してることは確かなんだ。話したくないことなんだろう」

 アンリでさえも考えていることを知るすべはなく、結局は彼が話してくれるのを待つしかないのだ。そこでヨハネスは、今度は三人で飲みに行こうと提案した。

「あいつを酔い潰す気ならやめとけ。体弱いくせにお酒だけは強いんだ」
「そう!そこなんだよ問題は」

 駄弁っているうちに次々と別の話題へ切り替わっていく。まるで学生時代に戻ったようで、楽しかった。


戻る


[ 23/40 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



Copyright (C) 2015 あじさい色の創作ばこ All Rights Reserved.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -